隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
「どういうことだよ!」
ソファを跨いで、拓君が愛音に近寄って来る。それを見て愛音は、毅然として動かなかった。(私のお腹には赤ちゃんがいる。拓君に絶対暴力なんか振るわせない!)という強い意志があったから。
「なあ! どういうことだよ!」
拓君は愛音のすぐ目の前に立って、見下ろすようにして睨んでいる。
「もう。別かれるって決心したの!」
「唐突に! 一方的に!」
「ずっと前から悩んで来たわ! あなたに解ってもらいたくて努力したけど、あなたは何にも変わらなかった。結婚するつもりだったのよ! 一生一緒に暮らすのよ。家族になるのよ。あなたにその覚悟はあったの!?」
「解ってるに決まってるだろ! それにもう一緒に暮らしてるんだから、毎日が付き合い始めた時みたいに行くはずないじゃないか!」
「じゃ、これがあなたとの夫婦生活ってことね。結婚式のことだって、真剣に考えてくれない。式場の見学にも行かない。費用さえ出せない」
「そんなもん必要か? 形式的なことだろ。愛ちゃんなんか2回目だし、もうそんなに重要なことじゃないだろ!」
「あなたとの結婚だから重要なんじゃないの? 拓君こそ、私との結婚を重要と思ってなかったみたいね。だから、別かれます!」
拓君が愛音の胸ぐらを掴んだ。
「やめてよ。どうなるか分かってんの?」
愛音は睨み返した。
「だまれ!」
彼女を後ろに押して、ダイニングのガラス戸の柱に押し付けた。
「今、暴力を振るったら大変なことになるわよ!」
「うるさいっ!」
愛音は一瞬、頬に熱を感じた。同時に耳がビーンと鳴った。蛍光灯のノイズのように・・・いや違う。それは熱でも雑音でもなく、拓君の振り下ろした指先が、愛音の左頬をかすめた感覚だった。
「やめて! もう許さないわ!」
「何だ、俺の気持ちも考えないで」
「昨日の晩じっくり考えてみたわよ!!!」
「あのおっさんと一緒にか?」
「まだ言うの!?」
「じゃ、何してたのか言ってみろよ!」
「昨日は、病院にいたのよ!」
「病院!?」
「気分が悪くなって、救急車で運ばれたの! 今朝は奥さんがここまで送ってくれたのよ!」
「飲み過ぎてだろ!」
「そうじゃないわよ! もう出てって!!」
「いや!で!す!」
「エクストレイル(車)乗って行っていいから!!! 荷物も私のお金で送ってあげるから!!!!!」