隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
「それで足りるかな?」
博之は愛音の食は細いので、これくらいで十分かなと思った。
「多分足りない。お肉もっと食べたい」
「ええ? 『フォカッチャ』も付いてるけど、やけ食いする気?」
「そう」
「・・・そうか。じゃボリュームのある『エビと豚のカダイフ焼き』にしよう」
「それおいしそう」
「じゃ、飲もうか?」
「うん。でも、ワインじゃなくって、カクテルがいい」
「なんだ? お前。今日すごく甘えて来るな」
「そんな気分なの」
「じゃ、『ジンバック』はどう?」
「それおいしい?」
「この店、ジンジャーエールが自家製なんだ。ほら」
博之はカウンターの隅に陳列されている小瓶を指さして言った。それは生姜の砂糖漬けだった。
「これが入ってるの?」
「このシロップだけだよ。ジンに炭酸で割るんだ」
「それ飲みたい」
二人は取りあえずグラスを持ったものの、
「乾杯してもいい話なのか?」
「はいはい。いいよ。カンパーイ」
愛音は、陰りのある笑顔で強気に振舞った。
「パパとしっかり飲んだことないね」
「そうだな。俺ちょっと遠慮してるからな」
「私だってそうだよ。知子さんに悪いから」
「知子は、逆に気を使ってるけどな」
「私なんか、邪魔でしょ」
目を瞑って、背もたれにのけ反るようにして言った。
「何言ってんだ。そんなわけないだろう。先生との大事な娘だと思ってるよ」
店の奥さんが近くに来て、少し小声になったので、わざと大きな声で、
「生ハム食べてみ。水分が飛んで、味が凝縮されてて美味しいんだ」