隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
エピローグ
物音ひとつしない冷え切った薄暗い食堂の中。いつもと同じ娯楽コーナーのソファ席。いつもと同じ1メートルの距離。二人はいつもどおりの小声で話した。しかし、博之と小原の会話はいつものようには弾まないでいる。
「長い間お世話になりました」
「こちらこそ・・・」
もう何も意識せずに話せる仲だったはずが、今は軽い一言さえ唇から先に出ない。それでも小原は博之の方を見つめながら会話を続けようとしていた。
「ご迷惑も・・・」
「こっちこそ、きつく当たったりして・・・」
「いやなことは忘れる質なので・・・」
(ああ、もう言葉が続かない。今は何を言っても白々しい・・・)
博之はこのまま帰宅させるしかないのかと、日ごろから感じていた自分の優柔不断さ、いや、強引に立ち振る舞えない情けなさを感じていた。
小原は寒さを紛らわすように、両手のひらを太ももとソファの間に挟んで体に力を入れた。それを見て、
「じゃそろそろ、元気で。・・・またね」
・・・・・・博之が立ち上がろうとすると、
「最後に、・・・握手してください!」
小原はサッと両手を出した。
やはり小原の行動力、その仕草、その表情。この状況でさえ、男の気持ちを揺さぶる魅力があった。
博之はハッと躊躇ったものの、考える間もなくそれに応じた。そしてその手を握りながら、
(やっぱり、俺と同じ気持ちだ。きっと)
そして博之、ついに思い切った一言を。
「抱きしめてもいいですか?」
「はい!」
間髪入れずそう答えた小原に、博之は両手を伸ばし、即座に彼女を引き寄せた。そして自分の胸に顔をうずめて来るこの美しい女性を、劣情に押し流されないよう気を引き締めながら、出来る限りやさしく、包み込むように抱きしめ、その小さな頭から肩を撫で下ろした・・・。
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