隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
第35章 それも愛
『何時間でも付き合うよ』これは博之の本心。二人っきりになる商談室では、岩瀬が不審がる。
「ちょっと寒いけど、食堂でもいい?」
「大して時間はかからないですから、そこで」
と言われ、ちょっと残念に思う博之。たっぷり引っ張りたかった。
事務室を出ると、食堂まで博之は小原の前を歩いた。その間は沈黙。話をしない。食堂の一角にソファを置いた真っ暗な娯楽スペースに辿り着くと、そのまま博之は腰掛けた。非常口サイン以外、周囲を照らす灯りはない。1メートル距離をとって小原も腰掛けると、
「ご報告なんですけど、今日以降の有給消化について、あと8日残ってたので、買い取ってもらうのか、パートさんたちに聞かれたんですよ」
予想外に業務的な相談で、ちょっと拍子抜けする博之ではあるが、
「ああ、有給買取か。申請出してくれたら、ちゃんと払うってことになってたんじゃない?」
「ええ、そうしてもらうことになってるんですけど、丸川係長の時のこともあるし、辞める人間の休みを買い取って貰うって、パートさんとかに言ってもいいのか分らなかったんで、退職日を延長したことで、締日まで働かせてもらえたから、買い取りはなしって答えたんですけど。よかったですか?」
「ああ、そんなことに気を使ってくれたのか。色々考えてくれているな」
「ええ、私が辞めた後、こんなことで木田さんに迷惑がかかったら嫌ですし」
「そう言うと思った」
「へへへ」
「ありがとう。いつもそんなことまで考えてくれてたのは、よく解ってたよ」
「木田さんがそうやって、いつも褒めてくれるから、やる気が出たんです」
「本当に小原は、俺の秘書みたいな気がしてた」
「(笑)美人秘書!」
「そう、お前のそう言うとこがカッコいい」
いつもより微妙に乗り切れない会話をして、煮え切らない笑顔を作る二人である。
「さっきの話、旦那の方は本当に大丈夫なの?」
「さあ、どう言うつもりなんでしょうねえ、もう」
「きっちり解決させないと、後々大変になるよ」
「まだ性病検査だって行ってくれないし、そっちも解決してないってのに」
「それこそ、早くはっきりさせないと」
「でもまた浮気したら、次はないって言ってます。お前殺して相手も殺す! でも私は生きる! アハハハハハ」
「ははは、そうそう。そう言うとこが小原らしい」
「・・・私が我慢すればいいだけのことですから」