隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
第4章 それぞれのやる気
9月も終わりの頃、愛音の誕生日。拓君のお母さんは、息子カップルを自宅に招待した。拓君の親元は、公団住宅に住んでいる。古い集合住宅で、部屋の壁は所どころ削れ落ちていて、襖には拓君が子供の頃に書いた落書きが、そのままになっていた。拓君は弟と仲がよく、実家に帰ってもテレビゲームで対戦している。
そこで心ばかりの手料理を振舞ってもらって、秋物のカーディガンをプレゼントにもらい、愛音は恐縮しきりだ。もう30歳になる息子が、やっと結婚することについて、男兄弟だけの母親としては、心が弾む気分なのだろうが、父親は遠慮してか、食事が終わるとすぐ、別の部屋に行ってしまった。
「愛ちゃん。式場選びはどうなってるの?」
「いくつか候補を見付けて、見学の予約を入れてます」
「やっぱり教会とかで挙げたいの?」
「別にこだわりはないから、ホテルでも総合結婚式場でもいいです」
「最近、植物園でも結婚式やってるそうよ」
「ええ。知ってます。お城の天守閣でも出来るんですよ」
「そうなの。そうしなさいよ。お殿様みたいでいいわ」
「でも、梅雨の時期だから、外は避けようと思ってるんです」
「お金もかかるんでしょ。うちも援助してあげたいけど貧乏だから」
「そんな申しわけないです。出来るだけリーズナブルに、何とかなるぐらいは貯金してますから」
「頼もしいわね。拓ちゃんは全然貯金ないんでしょ」
無言でテレビゲームに興じる拓君に、顔を見合す女性陣。
「ねえ。拓ちゃん貯金あるの?」
「うん? 知らね」
「もう、こんなんだから、愛ちゃん頼むわよ」
「ええ、解かってます」
(何を頼むって言うのよ!?)と心の中で問いかけた。