隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
博之は自宅の書斎から、コーヒーカップを右手に、愛音に電話で、『Happy Birthday!』を伝えた。
[今日ね拓君のお母さんと話したんだけどね。保証人の件は、正式に婚約する前に、パパを紹介してくれればいいって]
「ああ、よかった。それくらいなら安心して引き受けられるよ。でも、正式に婚約って、結納でも交わすの?」
[それがね。お母さん、私にはもう家族がいないから、結納なんかしても意味がないでしょって]
「え? そりゃ、言う通りだけど・・・」
博之は驚いて、少しコーヒーをこぼした。
[ちょっと悲しくなっちゃった]
「じゃ、正式な婚約って何なの?」
[解からない。もう婚約してるつもりだったから、拓君もうちに来てもらってたのに]
「婚約指輪とかもらうのかな?」
机にこぼしたコーヒーを拭き取ろうと、ティッシュに手を伸ばしながら言った。
[それ期待してんだけどね、拓君の給料安いから]
「タイヤ屋さんに勤めてるんだよね。たしか店じゃなくって、本社勤務だろ?」
[うん。でも庶務課なの]
「内勤でも、やり甲斐のなさそうなとこだな」
[性格には合ってると思うのよ]
「そう言うお前は、仕事はうまくいってるのか?」
[私は週に2回、ピアノ教えてるだけだよ]
「え? 2回だけ? それ以外は?」
[休み]
「うっぷす・・・・・・・・・」
また机にコーヒーをこぼした。
[もしもし? どうしたの?]
「・・・・・・そうなのか? それでやっていけるのか?」
[レストランの演奏のバイトは、最近リストラになって。でも大丈夫よ。お母さんの保険金が残ってるから]
「どれくらい?」
机のコーヒーの雫をティッシュで拭き取った。
[内緒。でもまとまった金額。全然手着けてなかったから]
「どれくらいだよ? パパにも分けてくれ(笑)」
[だめよ。結婚式の費用にするんだから]
「そうか。じゃ、結婚費用は安心なんだな。拓君は当てに出来ないって言ってたから、心配して損した」
[あれ? 費用出してくれる予定だった?]
「何言ってんだ。ご祝儀たっぷり出すから」
[あ、それでいい。ありがとう]
博之は椅子の背にもたれかかり、ようやくコーヒーを一口飲んだ。
「ローンにしてくれる?」
[利息も貰うよ]