隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
第32章 デート
カフェの4人がけ席に案内され、博之と小原は一瞬の沈黙があった。それはどの椅子に座るべきかで迷ったからだ。
「こっち座る?」
そこは博之の隣だった。
「そこは愛音さんの席でしょう?」
「そんなこと決まってないよ。彼女だって同じこと言うはずだよ」
「でも、私がそこに座ってたら、図々しい女って思われちゃうじゃないですか」
「こっち座ってよ。愛音が遠慮するぐらいでいいよ」
「いいえ、愛音さんの方が年上なんで、やっぱりお向かいでお願いします」
小原は博之の言葉を無視するくらいのスピードで対面に回り込むと、博之は仕方なく彼女と反対の席に座った。博之は眉を寄せ、気まずい雰囲気に深い溜息をついて、一旦、二人分のコーヒーを注文することにした。
「愛音遅いな」
「絶対、どれにするか悩んでるんですよ。気合い入れて」
「絶対違うから」
博之は小原に親子関係を打ち明けられないもどかしさから、だんだん面倒になって来ている。
「あいつも、小原に気を使って、わざとゆっくりしてるんだよ」
「こっちは気が気じゃなくって、ゆっくり出来ないですよ」
小原にとって愛音は、絶対遠慮すべき対象であることは間違いなかった。一方、博之にとって愛音は、家族のように感じられるぐらいになってしまっていたので、その事情を知らない小原の気持ちに配慮できていなかったことに、やっと気付いた。
「なんかゴメンね。偶然会えたから、俺テンション上がっちゃって」
「私も嬉しいですけど、お邪魔しちゃ悪いなと」
「じゃ、いっそ二人だけの方が、リラックス出来てよかった?」
「そういう変な意味じゃないですよ〜(笑)」
「ははは。退職したらもう、毎日こんな話は出来なくなるんだよな」
「そうですね」
博之は、(退職しても会いましょうよ)と言わせたいが、そんな必要がないのに、彼女も言うはずがない。
「ちょっと電話してみる」
博之は、愛音にかけてみた。愛音はすぐに出た。
[もしもし、もうすぐ戻るよ]
「あ、そう。遅いからどうしたのかと思って」
[遠慮して、わざとゆっくりしてた]
「何でそんなことするの?」
[仲よさそうに見えたから。いいのかなぁ?って(笑)]
「その気遣いナイス!って、何言ってんの。もう席に着いてるから」
博之は電話を切った。