隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
第29章 乗り越えた
博之が試験会場に到着した時は、すでに試験開始から1時間近く過ぎていた。近くのガレージが空いていなかったこともあり、雪の積もる道をゆっくりと歩いたこともあって、体は冷えてしまった。
父兄の待機場所になっているロビーには、暖房がかかっていたが、広く吹き抜けが高いため、臨時に設置されたであろうガスストーブの周辺にだけ、人だかりが出来ている。
「あなた!」
知子が気付いて、博之を呼んだ。その横に愛音もいた。
「愛音も来てくれたのか。おお、寒い寒い」
「うん、もう帰る。パパが来るまで待ってただけ」
「愛ちゃん、私が一人にならないように、気を使ってくれたのよ」
「いいえ、気を使ったわけでは。単にお話がしたかったから」
「でも悪かったな。ここも寒いし」
「食堂行く? そこも待機場所になってるみたいだから」
「コーヒーでも飲めるかな?」
「缶コーヒーぐらいしかないわよ」
「じゃ、私はもう帰るわね」
「サンキュ。雪道気を付けて」
「愛ちゃんありがとう。助かったわ」
博之と知子は、校舎の奥に向って歩き、愛音は二人と分かれて一人、外へ出た。傘を持たない愛音は、少し早足で雪の降る中歩き出すと、スマホがバイブで震えていることに気付いた。博之に買ってもらったコートの深いポケットで、暫く鳴り続いていたのだろう。慌ててポケットから取り出すと、バイブは止まってしまった。画面を確認して愛音は足を止めた。
「秋日子は集中してるかな」
「大丈夫じゃない」
「もう俺、心配で心配で」
「ちゃんと勉強して来たから、自信たっぷりよ。お腹空いてないかそっちの方が心配だわ」
「朝食べてないの?」
「昨日買っといたパンだけ。でもお腹いっぱいになったら、眠くなるからって、1個しか食べなかったのよ。ほら一応持って来たんだけど、ミニアンパン3個も残ってる」
「食べる」
「え?」