隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
また、小原が憂鬱な表情をした。その表情を見て博之は、わざとこういう表情を作ってるんじゃないんだと分かった。目鼻立ちがはっきりした美人だから、絵に描いたような表情になってるだけなんだと、彼女に対しての印象を改めた。そして彼女のそういった表情が、博之に何かを求めているように感じていたのは、間違いだったようだ。
それから暫くの時間、博之は小原の愚痴を聞いたが、彼女は決して、涙を流すようなことはなかった。気が強くても、女だから泣き出すかなと不安に思っていたが、彼女の説明どおり、あまりのことに涙さえ出ないのは本当だったのだ。博之は、愛音より年下の小原のことも、自分の娘のように感じるのか、彼女の心境を察して心が痛んだ。
博之は普段、相手の気持ちを察して行動するが、こんな時、男にとってはチャンスでしかない。相手の心の弱みに付け込むのは、男の常套手段でもある。逆に、このまま帰していいものかという気がしていたが、彼女自身がこんな時、旦那が待つ家にすんなり帰りたいものなのか、全く想像が付かなかった。今の状況で部下に手を出すようなことをして、拒否されでもしたら、ことは大ごとになると冷静に考えていた。
二人で社屋を出て、駐車場に向かうと、外には雪が降り始めていた。
「フロントガラス凍ってますね」
「解けるまで時間かかりそうだな」
「融氷スプレー持ってます?」
「ううん。いつもガラスをカードで擦って氷を取ってる」
「私スプレー持ってますから、お貸ししますよ」
「ありがとう」
小原は自分の車のダッシュボードから、そのスプレーを取り出し、エンジンをかけてから、博之の駐車場まで付いて来た。博之は役員待遇の屋内の駐車場に停めている。そこは社屋の裏手にあり、少しの距離を歩いたが、風が強くて寒く、二人は襟元に首をすぼめた。
小原は博之の車のフロントガラスに、スプレーしようと近寄ったが、屋根のある駐車場に停めた車には、まったく氷は張っていなかった。
「要りませんでしたね」
「そう言えば、ここはもっと遅い時間じゃないと、氷張ったことなかったな」
「なんだ、木田さんの役に立てると思ったのに」
「いつもそんなこと言ってくれるよな。なのに寒い思いさせてごめんな」
「イヒヒヒヒ」
小原がじっとして固まった。
「・・・また、頭ヨシヨシしてもらっていいですか?」
(何だ? コイツやっぱり可愛いな)
恥ずかしさからか、伏せ目になる彼女の髪の毛を、てっぺんからやさしく数回撫で下ろしてやった。