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生まれ変わりの真実

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「私も、あなたのような人を知っているからですよ。記憶だけが未来のものなんですが、それ以外は、まったくそれまでと変わりがないんです」
「ということは、その人は、途中から、記憶だけが未来のものになったということですか?」
「そういうことになりますね」
「その人はどうなりました?」
「そこのベッドに寝ていましたよ。今は、すっかりよくなって、お仕事をしていますけどね」
「今もご存じなんですか?」
「もちろんです。それが、この私なんですからね」
 と言って、看護婦の口元が歪んだ。淫靡に満ちた笑顔だが、嫌な気がしなかったのは、自分の性癖が出たからだろうか。
「ということは、この病院は、そういう私たちのような人間のための病院なんですか?」
「そうですね。病院というよりも、研究施設としての要素も強いですけどね」
「それは、感じていました。まるで監獄に閉じ込められているような気がしましたからね」
「あなたにとっては、居心地が悪いかも知れませんが、少しの我慢です。あなたのためでもありますからね」
「あなたも、ここで研究材料にされたんですか?」
「ええ、私も居心地悪かったんですが、すぐに慣れました。理由が分かれば、今の状況に従うしかないですからね。そう思うと、そんなにここも嫌でもなかったですよ」
「あなたは、そうやって研究員の方になれたからそうなんでしょうけど、私はどうなるか分かりません」
「私も最初はそうでした。でも、受け入れることさえ感じれば、そんなに悪い方に落ち着くことはありませんよ。余計なことを考えたり、ネガティブになると、どうしても事態は悪くなるだけです」
「自分を取り戻すこと、できました?」
「私の場合は、自分を取り戻すという感覚ではなかったですね。生まれ変わるという気持ちです」
 その言葉を聞いて、美由紀はビックリした。
――昭和六十年。私の生まれた年――
 そう頭の中で反芻した。彼女のいう「生まれ変わる」というのは、まさしく美由紀のことも含んで話しているかのようだった。
――今、どこかで、自分が生まれているのだろうか?
 日にちが分からないので何とも言えないが、どう考えても不思議だった。
「自分が死んだちょうどその時に、どこかで産声が聞こえると、それは自分の生まれ変わりなのかも知れないわね」
 と、いう話を聞いたことがあったが、この場合は逆である。自分が生まれた時に遡って、その時代に目を覚ましたのだ。
――今の私は、一体いくつなんだろう?
 記憶は三十歳の頃まである。平成二十年代、そこから一気に三十年遡り、今まさに自分が生まれたであろう「刻」に自分がいる。
「私はね。本当は、自殺したの」
「えっ?」
 看護婦の話の突飛さに、ビックリした。
「どうして自殺なんかしたのか分からないんだけど、自殺して、意識がなくなっていくところで、気が付いたら、このベッドの上にいたのよ」
「自殺の原因が分からない?」
「ええ」
 まさに、美由紀がさっきまで考えていた「自殺菌の仕業」ではないだろうか。
「カンカンカン」
 美由紀はまたしても警報機の音が聞こえたのを感じた。思わず目を瞑ると、さほど明るくない世界に真っ赤な遮断機の光が左右で点滅を繰り返している。
 美由紀の最後の記憶は、確か電車の中だった。どこに向かっているか分からない幽霊列車に乗ったような夢を見ていた。それも、電車の中だったように思う。
「私は、電車に乗っていて、それが幽霊列車で、そして、踏切が頭から離れない……」
 呻くように美由紀は叫ぶと、頭を抱えて、苦しみ出した。
 看護婦はそれを見ながら、背中をさすってくれるが、何も声を掛けてはくれない。
「大丈夫ですか?」
 という言葉もない。
 もし声を掛けられたとしても、
「大丈夫です」
 としか答えられない。もちろんウソである。そんな会話をする余裕はないのだから、それなら何も言われない方がマシだった。
 痛みは少し続いて、次第に楽になってくる。痛みが治まってきたのか、それとも、慣れてきたことで痛みに関しての感覚がマヒしてきたのか、どちらにしても、痛みはなくなっていた。
「私も自殺したの?」
「あなたに自殺をした意識があるの?」
「いいえ、ないのよ。しかも理由なんてあるはずもない。ただ……」
「ただ?」
「自殺菌というのを私は考えているんだけど、それが影響しているんじゃないかって思うの」
「じゃあ、そうかも知れないわね。でも、そのショックで、あなたは幽体離脱したのかも知れないわね。あなたは、未来から来たんでしょう? 私も似たようなものだから、分かるのよ」
「ええ、昭和六十年というと、私が生まれた年……」
「あなたも、生まれ変わりたいという気持ちを持っていたんでしょうね。その気持ちに自殺菌が付け込んだとしたら?」
「本当に夢のようなお話。どこまでが本当なのか分からないわ」
「何が本当なのかというよりも、あなたが、何を信じるかということでしょうね」
「それだけ、事実は少ないということかしら?」
「あなたは、結構今の事情を理解しようとしているようね。思ったより冷静なので、安心したわ」
「私は、普段から淫靡なことを考えることが多かったの。自殺したのだとすれば、そんな自分が嫌だったからなのかしら?」
 美由紀は、ついさっきまでのことのように、自分のことを思い出していた。自分の考えていることを曝け出して、少しでも多くの事実を知りたいと思ったのだ。
「それは違うと思うわ。あなたが淫乱だったのは、あなただけではなく、あなたと同じような性癖を持った人との夢の共有で、過大に意識させられたのかも知れないわ。きっと、あなたと一緒に夢を共有した人と、お互いに夢を共有することで、お互いの気持ちを正当化させようとしたはずよ。それが却ってよくなかった。だって、正当化させるためには、お互いに知りたくないことまで掘り返す必要があるでしょう?」
「過ぎたるは及ばざるがごとしということか……」
「そういうことね。そして、あなたと共有した人は、あなたの身体で自殺したのよ。だから、あなたは、帰る場所を失った……」
「えっ、じゃあ、幽体離脱した後に、私は帰るところがなくなったことと、生まれ変わりたいという思いが交錯して、ここにいるということかしら?」
「そうね。そう考えるのが、一番辻褄が合うわね。そういう意味では、あなたは幸運なのかも知れないわ」
 宙に浮いて、魂が彷徨うことがないとはいえ、知らない世界で、知らない身体の中に宿ってしまって。それで幸運と言えるのだろうか? ただ、それも、まだ分からない。今はこれを現実として受け入れるしかないからである。
 看護婦は続けた。
「あなたには、前の世界で、未練を残してしまった人がいたりするの?」
 いろいろ思い浮かべてみたが、そんな人がいるはずもない。
「いないわ」
「じゃあ、幸運だったと言ってもいいかも知れないわね。未練があれば、これからのあなたが歩むもう一つの人生に、きっと障害が出るでしょうからね」
 看護婦の言う通りだった、そういう意味では、幸運だったと言ってもいいだろう。
「でも、私が夢を共有していた人って、どうしたのかしら? どうして自殺なんかしたのかしら?」
作品名:生まれ変わりの真実 作家名:森本晃次