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ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
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サイバードリーミーホリデイズ

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 いや、ただの一度だけ奇妙なことがあったのを思い出す。それも大昔のことだが、この日のことだけは全て鮮明に覚えている。何故ならその日は二十歳の誕生日のことだったからだ。誕生日なので日付までしっかり覚えている。一九九一年十月四日の夜のことだ。時間は夜中の十一時前だったと思う。
 引き籠って七年が経っていた。テレビのどうでもいいバラエティショーを見ながらやはりその時も絵を描いていた。その時、突然玄関の呼び鈴が鳴った。夕飯はとっくの昔に母親が届けてくれていたし、その当時唯一翻意にしていた本屋のオヤジ(インターネットも携帯もない時代、雑誌やら漫画本果てはアダルトビデオまでその本屋のオヤジが配達してくれていた。最も請求書は実家へいってたのだが)いずれにせよ誰かが来る時間帯ではなかった。不審に思い暫く無視をしていたのだが、チャイムはしつこくなり続けた。仕方なくドアの覗穴から外を覗くと何故か外廊下の手すり壁に二羽のカラスが止まっているのが見えた。他には誰もいない。夜行性のカラス?と不思議に思えたが、一羽のカラスがあたかも私に話しかけるかのように鳴いている。
「カーカー(早く開けてやれよ。なあジャッケル)
「カアカア(全くだ。いい女だってのによ。なあヘッケル)
──カラスがチャイムを鳴らす?
 そんなこともなかろうと、部屋に戻るとまたチャイムが鳴り今度は連打しているのか、鳴り続けている。もう一度ドア穴を覗くとやはり二羽のカラスしかいないのだが、今度は「何してんのよ!早く開けなさいよ!だいたい何で鍵が合わないのよ!」とドア前で騒ぎたてる女の声が聞こえてくる。ドア穴から見えない所に誰かいるのだろうかと不審に思ったのだが、部屋の真ん前で騒がれるのも堪らないと思って鍵を開けると、勢いよくドアが開けられ、なだれ込むように一人の女が部屋に入ってきたのだ。長い黒髪、黒のワンピースに黒のロングコート。齢の頃は三十前後の全身黒ずくめの女。そしてその女は私の顔を見ることもなく、ほとんど一直線に私のベッドに倒れ込みそのまま眠ってしまったのだ。とにかく私はただ茫然とするばかりで、それに生身の大人の女を間近で見るなんて母親以外なかったことだから、ただただ動揺した。それでも何でそんなことをしたのかよく分からないのだが、とにかくコートぐらい脱がしてあげようと、その黒いロングコートの袖を腕から抜いて脱がせてあげたのだった。他意などなくやってあげたことなのに、脱がせることによって私の動揺はより激しくなった。何故ならロングコートの下には、あられもないノンスリーブの黒のボディコンミニスカートを着た、あまりに煽情的な姿態が目に飛び込んできたからだった。とにかくひどく混乱したのを覚えている。タイトスカートから伸びた黒いパンストを穿いた足が妙に艶めかしかった。一体全体どうしていいかさっぱり分からず、ずっと女の寝姿を眺めていた。そして眺めているうちに、妙な気持がどんどん膨らんできて、「これはもしかすると天からの贈り物ではないのか。二十歳の誕生日祝いとして」と都合のいい考えが頭の中に持ち上げはじめた。テレビや雑誌なんかで見たことのある、その当時流行りのワンレングスのボディコン女が何故か目の前で寝ているのだ。私はまるでアダルトビデオが現実のものとして目の前に出現したのだとさえ思い込みはじめた。しかしだからといって、やはりどうすればいいのかさっぱり分からず、結局目の前の贈り物を前にして、手も足も出せなかったのだ。それに一つも眠くなかったので、しょうがなく気を紛らわせようと、確か当時何度となくやっていたドラクエ?をやりながら時間を潰していた。それから二時間ぐらい経っただろうか、丁度主人公がメイジキメラに<つうこんのいちげき>を食らって死んでしまったところだった。
 女は目を覚まし、部屋中をきょろきょろと見回している。
「えっ?ここどこ?なにやってんのかしら私。……部屋間違えたってこと?サイアク。何はともあれゴメンナサイ……あ〜ああ、しかしサイテイね」
 女は頭を垂れて私に謝り、それでも帰ろうとせずバッグから煙草を取り出し火を点け、吸い出した。
「六本木で早い内から飲んで、踊って酔っぱらって、タクシーで帰ったんだけど、行き先間違えたのかしらねえ。この辺似てるマンション多いし……しかし、あなたも驚いたでしょうね、いい年した女が突然押しかけてベッド占領しちゃったわけだからねえ。これ逆だったら通報もんよねえ。うん……」
 女は謝ってはいるのだろうけど、どこかあっけらかんとしながら煙草の煙を吐き出した。私はただ化粧は濃いけど、美しい横顔に見とれていた。
「これはなにかお詫びしなくちゃ駄目よね。何がいいんだろ?何か欲しいものある?」
「いいよ別に。驚いたけど被害被ったわけじゃないし」
「いや、それじゃあ私の気が済まないっていうか、じゃあこれからもう一度夜の街に繰り出すっていうのはどう?私がおごるから」
 外に出るなど有り得ないし、私は押し黙っていた。
「あなた学生さん?」
「いや」
「じゃあサラリーマン?」
「違う」
「何かいっぱい絵があるけど、画家志望とか?」
「趣味」
「無口なのね」
 女はバッグから財布を取り出し千円札を一枚テーブルに置くと立ち上がり、勝手に冷蔵庫を開け、中から缶ビールを二本取り出し、また座り直した。
「あなたも付き合いなさいよ」
 女は二本の缶ビールを開け、一本を私に差し出し、自分でも飲みはじめた。
「夜の街が駄目なら、どこか行きたい所ないの?海とか、山とか。何なら休みの日にドライブでも連れてってあげてもいいよ」
 私は外に連れ出そうとしているその女に、少し警戒心を持ちはじめていた。それに何かが変だと。だいたい赤っ恥かいたというのなら、さっさと帰るのが普通だろうと。そしてこれは誰かの差し金ではないかと疑いはじめた。親父か?それともお袋?それとも唯一交流のある本屋の親父か?そう考えると頭がひどく混乱して、言葉がいよいよ出なくなっていった。
「あなた、もしかして引き籠り屋さん?……ふ〜ん図星なんだ。まあねえ、外の世界なんてろくなもんじゃないもんね……。でも悪くない世界っていうのもあるものよ」
 女は私の目を見つめるので、逆に私は目を伏せた。
「いつから籠ってるの?大分長いってこと?ふ〜ん。だとしたら、あなた女の人知らないんでしょ?じゃあ教えてあげようか。ベッド借りたお礼として」
 女の手が私の後頭部にかけられ、引き寄せられて顔を近づけてくる。私は何がなんだか分からなくなって、気が付いたら手を振り払い立ち上がっていた。
「帰れ!出てけ!帰れ帰れ帰れ!」
 泣きそうになってただずっと「帰れ」と連呼しつづけていた。
「そう。残念ね。悪くない世界も知った方がいいと思ったんだけどね。ともかく寝かせてくれて有難うね。じゃあね」
 女は立ち上がると、ロングコートを宙に翻すようにして羽織り、その時黒い羽根のようなものが一片舞い上がった。そして少し悲し気な顔をして部屋から立ち去って行った。