サイバードリーミーホリデイズ
それは空軍基地を巡る情報だった。昨夜の不可解な出来事以来、どの航空自衛隊の基地もそして在日米軍の基地も、軍用機の離発着が一切なくなったということらしいのだ。死んだように静かな空軍基地の風景が映し出され、「びっくりする程静かなんですよ。こんなことはじめてです。正月だろうといつも轟音、爆音に悩まされてましたからねえ。正直ずっとこのままならいいんですがね」と苦笑いをしながら話している近隣住民のコメントが紹介され、「軍事機能が停止した」と思わせることが実際に起きていることだと、すなわち<わたしたち>のメッセージの信憑性を裏付ける事態が進行していることを伝えていた。
そうなると視聴者としては実行犯が誰なのか<わたしたち>とは何を意味するのか、こそやはり最大の関心事ということになる。しかしゲストとして招かれた名だたる政治評論家、軍事評論家、経済評論家、社会評論家、IT企業の社長など、正月から急遽、よくこれ程の著名人を集めたものだという顔ぶれではあったが、誰一人として的を射ない、生煮えな話に終始し、結局目の前に起きていることについて誰一人理解できずにいるのを露呈するばかりであった。だが軍事評論家の仮説をきっかけに議論自体は次第に白熱しはじめた。
「いいですか?以前から水面下でサイバー戦争はずっと続いていたわけなんですね。私達が知らないだけで。私はね、まあ仮説ですが、何だかの米国、ロシア、中国あたりで水面下で起きていたサイバー戦争がコントロールを失い、暴発、暴走してエスカレーションした結果、双方が頂点まで進んで、軍中枢をお互い破壊するに至ったのではなかろうかと思っているわけです。他の国はとばっちりでも受ける格好になったってことじゃないでしょうか」
「成程。ありそうな話ですねえ」
とキャスターが返すが、別の出演者からすぐに反論がなされる。
「<わたしたち>が言うには電力ネットワークシステムや金融ネットワークシステムには手をつけない、と言ってるわけですよね。だとしたら米露中は、何でそっちを目標にしなかったんですか?」
「そんなこと私に聞いても分かりませんよ。ペンタゴンにでも聞いてください」
と開き直り、いきなり説得力を失い、少し不貞腐れた顔をしている。
キャスターは次に話題を変えて
「では、世界中の大型兵器を使用不可能にしたと言ってるわけですが、となると世界はこれからどうなって行くんでしょうか?」
「軍事均衡の崩壊は、当然世界秩序の崩壊に繋がります。非常に危険な無政府的な状態を招く恐れがあります」
「では、どうすればいいと?」
「とにかく実際に何が起こったのか発表されてない以上迂闊なことは言えないですが、仮にそれが真実だとしたら、とにかく復旧です。少なくとも我が国がやることはネットワークの再構築以外ないでしょう」
「確かになんとか復旧しようとするとは思います。だけどあのメッセージでは、何度でも侵入すると言ってるわけですよね?」
「完全無比なるセキュリティを構築する、それ以外ないです。どんな経路で侵入を許してしまったのか、検証すれば分かるはずです。それにですね、これから世界中の国々がそう動き出すのは火を見るより明らかじゃないですか。であるなら我が国もそうせざるを得ない思いますよ」
「そんなもの作れるんですか?少なくとも<わたしたち>なるものはこれだけ想像を絶する大がかりなハッキングをやってのけたわけですよ」
「ですからセキュリティ合戦ということです。破られたらさらに強固なものを、粘り強くやっていくしかないと思います」
捲し立てるような議論に、少し沈黙が流れるが、一人の若手社会学者がじれたように、静かに切り返しはじめた。
「もしその<わたしたち>なるものが全能であるということを前提として話しますが、セキュリティー合戦は不可能ということになります。無駄ですからね。実際今回の騒動で証明されたわけです。それにセキュリティホールなんてものは無限にあると考えた方がいいからです。すなわち全ての穴に蓋をするのは不可能ってことです。ではどうするか?多分お手上げです。であるならば、大型兵器の存在しない世の中を生きるという新たな外交なり、もしくは世界観なりを『私達自身が』構築していくしかないと思いますね。口で言うのは簡単ですが、むしろそれこそ超難題だと思います。観念が追い付いていないと言いますか。でもそれこそ問われているのであり、そういう時代が来たのだということです。おそらく今回の事件はインターネットが登場して以来の宿命的な帰結であって、人類は大きな課題を突き付けられたと言っていいかも知れません」
「何かよく分からないこと言ってますが、ネットから切り離せばいいだけじゃないですか、そんなもの。動かないならマニュアルで動かすように人間ってするんじゃないですか?ネットに繋げると重大な瑕疵が生じるというのなら、そうしますよ人間って。そういうもんでしょ。結局相手の軍事力に怯えざるを得ない以上そうなります。当たり前のことじゃあないですか」
「どうもご理解なされていないようですが、あのですねえ、それって軍事的な指揮系統をもマニュアルに戻すってことですか?軍事的な世界だけ一九七〇代以前に戻すってことですよ?それこそ空想的と言っていい。理解してます?すなわち全ての伝達を紙に戻すということですよ?要するに、そこだけ時代に取り残されていくわけです。デジタルネットワークに繋がっていないということは、二十一世紀中庸に生きる私達にとって、それは事実上存在しないということを意味するのです。物事というのは全て繋がり連動して成り立つものです。我々の生活全般、生産活動、消費行動、すなわち経済活動は今の時代全てネットと連動して存在してるわけですよね。であるなら軍隊もそれに従っていくしかないんです。軍事組織だってそうです。何も武器や兵器だけで成り立っているわけではないですよね。ネジ一個、釘一本、要は民生品に頼っている部分なんて五万とある。その意味で我々の生活と軍隊は地続きで繋がってるってことです。ということは当然ネットに頼らざるを得ないのは自明ではないですか。そう考えれば先程も言ったようにセキュリティホールは無限にあると考えた方がいいわけです。それでももし軍事こそ優先事項だ、紙に戻すから他もそうしろというのなら、ネットのなかった時代に世の中を戻せということになるんです。そんなことできますか?今この時代に。だから空想的って言ったんです。ですから何度でも言いますが、大型兵器のない時代の新しい外交をこそ模索しはじめる必要があると思うわけです」
恵理子はふむふむと頷きながら聞いている。
激論は続いたが、最後にどのコメンテーターも政府が何一つ語らず、口を閉ざしていることを糾弾して締めくくっていた。キャスターは最後に、どこの政府も今現在公式なコメントを発表できていないということを神妙に伝えて、番組は終了した。
作品名:サイバードリーミーホリデイズ 作家名:ふじもとじゅんいち