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ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
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サイバードリーミーホリデイズ

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 雲一つない見渡す限りの青い空。昨日までの寒波は嘘のように消え去り、季節外れの南風が生暖かい暖気を運んできて気持ち悪いぐらいに暖かい。恵理子はコートを着てきたことを後悔していた。「新聞を買うなんていつ以来だろう」とそう思うのだが、あれだけの大事件、大騒動を受けて、各新聞がどんな紙面作りをしているのか、興味が湧いたからだった。
 新聞は速報性において、インターネットはおろかテレビやラジオの登場の頃からとっくに役に立つものではなくなっていたわけだが、社会事象やら様々な事件などに対して、ある一定のレベルに達した著名人や有識者の解説、提言、批評などを読むことができるので、恵理子としてはやはり読み物としては優れていると思っているのだ。しかし、紙の新聞を読まないと落ち着かない気がするのは一体どの世代を境にして分けられるのだろう。そういう意味では恵理子は明らかに紙派、旧世代ということになる。下手をすると六十代でも紙の新聞を読む習慣はないのかもしれない。
 コンビニに着き大手新聞三紙を手にし、スマホをかざす。コンビニも随分と無人化が進んでいて、店中に張り巡らされた防犯カメラと連動しロボットが一台いるだけだ。商品についているバーコードをスマホでスキャンせずに持ち去ろうとすると、ロボットが出口の前で立ち塞ぎ電気ショック装置が作動し、万引き犯がロボットをどかそうと触ると、たちまち電気ショックで気絶するという仕組みになっているらしい。ロボットが動いた段階で連動して警備会社にも伝達が行くし、そもそもその場にいた他の客にもばれてしまうので、事実上万引きはできなくなっているのだ。それに店に現金があるわけではないので、コンビニ強盗が来ることもない。恵理子は元旦早々から働いている従業員を見るのがいたたまれない気がしていたので、むしろこのシステムは気に入っていた。
 自宅に戻ると、コーヒーを淹れ、ソファーに座り新聞を広げる。とりあえず帰る所もない松本克彦は、元旦の昼までという条件で別室で寝ているが、むさぼるように眠っている様子でまだ起きてこない。
 フロントページから目を通していくが、新しい情報に期待したわけではなかったが、さすがに昨夜九時に起きたことに素早く対応できるわけもなく、どの新聞を読んでも論説一つ読むに足るものはなく、どうやら当てが外れることになった。もっとも、今つけているテレビからも新しい情報が出てきているわけでもなかった。
 そもそも政府が依然沈黙を守っている以上、自衛隊やら米軍が現在どうなっているのか、新しい情報など出るはずもない。もっとも恵理子には沈黙を守っているというより、どう対処していいのか分からないでいるが故の沈黙に思え、であるとしたらますます混乱が透けて見えるような気がした。
 しかし一方で恵理子自身も「ノア」がいうところの『全世界の軍隊が停止した状態』という事態がどんなものなのか、やはりうまく想像できないでいる。
 ページを捲(めく)っていくと恵理子は一つ奇妙な記事を見つける。それはパソコンのOSで巨万の富を築いた伝説の男のインタビュー記事だった。五〜六年前に妻に莫大な額の財産分与をして離婚し、会社も譲り、表舞台から突然姿を消したあのラシッド・マリクが、久々に一問一答のインタビュー形式で紙面を躍らせているのだ。ラシッド・マリクは、そのインタビュー記事の最後に「今年は新年早々色々なことがありそうな予感がしてましてね、時期はまだ未定ですが久しぶりに表舞台に復帰しようかと考えているんですよ」と、締めくくっているのだった。ページの脇にPR(ラシッド・マリク財団)とされているところをみると、自ら金を出してページを買ったということなのだろうか。
 そこまで読んだところ、ぼさぼさの髪の毛のまま、起き抜けで眠そうな顔をした克彦がリビングに現れ、恵理子は老眼鏡を外し新聞から目を離した。
「しかしまあ、よくそんだけ眠れるもんだね。死んでるのかと思ったよ」
「何か変わったことありました?」
 恵理子は首を振り、
「顔でも洗ってらっしゃい。歯ブラシとタオルは用意してあるから」
 克彦は頷き洗面所に向かうと、恵理子も立ち上がった。キッチンに行き、鍋に火をかけ、徳利に酒を入れお燗にかける。お重はすでにテーブルに出されている。
 洗面所からさっぱりした顔で出てきた克彦を手招きし、テーブルの席につくように促した。
「元旦の朝は日本酒に決めてるけど、いいね?」
 克彦に断る理由などあるわけもない。
「このお酒貰いもんだけど、この時期にしか売ってないんですって。燗酒にぴったりみたいよ」
 恵理子は猪口に注(つ)いであげ、自分の猪口にも酒を注いだ。
「あとは手酌でやってね」
「いいっすよね正月って。朝から飲んでも誰にも文句言われないし。しかし美味い酒だなあ。憂さを晴らすために飲む酒とは違って味わって飲む酒、忘れてたもんな」
 味わい深そうに猪口を傾け、早速手酌で酒を注いだ。
「お重は出来合いだけど、悪くないのよ、ここの。お雑煮もできてるから」
 テレビは正月用に撮り溜めしてあるはずのバラエティ番組が全て中止となり、どのチャンネルに変えても「昨夜起きた乗っ取り事件の真相」とやらを、様々な業界からコメンテーターを招いて検証する番組に代わっていた。 
 正月稼ぎ時の芸人達の恨み節が聞こえてきそうだが、事態の大きさを考えれば仕方のないところだろう。
 恵理子自身はほとんどこの手のニュースワイドショーを見ることがなかったのだが、顔なじみの社会学者が出演している番組があったので、その特番にチャンネルを合わせることにした。もっとも聞くに堪えない禍々(まがまが)しいオープニング曲が流れうんざりさせられるが、それが終わると進行役らしい不自然な髪型のキャスターが喋り出した。
「昨晩の全国規模で起きましたパソコン乗っ取り事件。なにせあの国民的行事の紅白歌合戦が中断の憂き目にあったぐらいですから、すでにご承知のことと思いますが、まあ皆さんもさぞ驚かれたことと思います。たださらに驚いたことは、今回の乗っ取り事件はここ日本だけでなく、乗っ取られた後に現れました意味不明なメッセージが伝えていた通りに、全世界で発生していたことだったといいますから、まさに驚天動地の全世界的な事件であったわけです。それを受けまして、当番組では『サイバー攻撃とは何か』『自衛隊は今どうなっているのか』『そもそも何者の仕業なのか』『今夜九時に現れるものとは何なのか』など、当然浮かんでくる疑問を専門家をお招きして、謎を解いていこうと思っております。その前に、現在届いているニュースをご覧ください」
 キャスターの前置きが終わると、中継で現在のニューヨーク、モスクワ、北京、パリ、ロンドン、ベルリン、カイロなど武装警察に守られた世界の街並みの風景が映し出された。ここまでは何度となくニュースで見た光景であったが、次のニュースは騒動後はじめて目にする全く新しい情報だった。