サイバードリーミーホリデイズ
「ご協力いただいた、全ての皆さんに感謝いたします。任務は全て無事滞りなく終了しました。皆さんの力を借りて、わたしたちはある行動に出ていたことを明らかにします。わたしたちの作戦というのは、全ての国の軍事関係のネットワークシステムを一時ダウンさせることでした。一時間という時間限定で。軍関係者はおそらく『何が起きているのかも理解できず』おそらくパニックを起こしたことでしょう。わたしたちの作戦は完全に成功を収めました。ただし今現在システム自体は徐々に回復に向かっているはずです。しかしわたしたちの本当の目的は、システムダウンそれ自体にあったわけではありません。皆様にご協力いただいたのは、現在この世の中で何かが起きているということを知っていただくために、大がかりな仕かけが必要だったのです。現在わたしたちは、第二の行動を敢行しています。そしてこちらこそ、わたしたちの目的そのものということです。今頃軍関係者はもちろん、政府中枢は、わたしたちの本当の目的を目にし、今度こそ正真正銘に青ざめ、凍りついていることだと思います。おそらく、どこの政府もトリプルAクラスのトップシークレットとして隠しきろうとするはずです。なので、わたしたち自身により、皆さんに現在何が起きているのかをご報告を含めまして、明らかにしようかと思います。
わたしたちは今日の計画の実行に際して、予め世界中にある軍関連のサーバーに、あるロジックボムを仕組んでおいたのです。今そのロジックボムは優雅に目を覚まし、爆発しています。ターゲットは軍の指揮統制システム、兵器制御システム、航空管制システムなど軍事機密ネットワークにあるサーバー一切です。すでにデータは完全に消去、すなわち綺麗さっぱり消し去りました。これによって事実上軍は無力化したということです。再度言いますが、ここで言う「軍」とは世界中に存在するありとあらゆる「軍」が対象となっています。
さて、これは政府及び軍関係者への通告ですが、あなたがたはおそらくこれから、隔離してあるバックアップデータをもって、再度復旧しようと考えていることでしょう。しかしそれも無駄です。わたしたちは何度だろうと侵入し続けますし、何度でもロジックボムを仕掛けることが可能だからです。そしてそれを防ぐ手立てをあなた方は持っていないのです。
そしてこれも大事なのでお伝えしますが、現在空軍基地はどこも管制システムが使えませんので、飛行中の戦闘機があれば、民間の空港に誘導してあげてください。潜航中の潜水艦は今頃、ぷかぷかと単なる鉄の塊として海面に浮かんでいるはずです。連絡系のネットワークが復旧次第、助けに行ってあげてください。わたしたちは兵隊さんを傷つけることを目的としているわけではないのですから。
米軍はもとより、ロシア軍も中国軍も日本の自衛隊も、イギリス軍もフランス軍もインド軍もパキスタン軍もイスラエル軍も世界中にあるすべての軍隊の大がかりな軍事兵器はもう使い物にならなくなったのです。なので、疑心暗鬼にはならないでください。あなた方は攻撃することができないだけでなく、攻撃されることもないわけです。
どこの国も「仮想敵」を作って、軍のプランを考えるというのはあるのでしょうが、今回の「軍の無力化」はその仮想敵の仕業ではありません。そうそれはどこまでもわたしたちが行ったことなのですから。
さてここからは再び世界中の皆さんへの伝言に戻ります。
もう一つ大事なことをお知らせしておきましょう。わたしたちはある壮大なプランを立てました。そしてそれを現在実行中にあるということです。今日皆さんのコンピューターを借りた行動もそのうちの一つなのですが、それ以前にもある行動を起こし実際に実現したものがあるのです。
まず第一にわたしたちはワールドコインを発明し、広め、そしてそれを世界通貨にすることに成功しました。多くの人が便利に使用していることをわたしたちは知っています。
そして第二に、今日世界中の軍隊の無力化を達成したわけです。もう核兵器も巡行ミサイルも、戦略爆撃も完全に封印したわけです。
何度となく申しますが、わたしたちは邪悪なテロリスト集団ではありません。もしわたしたちが邪悪なテロリスト集団であったなら、こんな面倒なことはしません。なにせ軍の最高機密のネットワークに侵入する能力を持っている以上、核兵器のスイッチそのものを押して、世界を破滅することもできたわけです。電力系統のネットワークを攻撃して大停電を起こすことも、交通機関を麻痺させることも、金融システムに侵入してお金の流れを止めるなどして、社会を大混乱させることもできたわけです。もちろんそんなことをするわけも、するつもりもありませんが。
そして三つめです。
早い所では、あと数分で、最も遅い所でも二十四時間以内に新年を迎えることになります。今からきっかり二十四時間後にその第三の、とっておきの奇跡をお届けするつもりです。新しい年はただ日付が変わったことだけを意味するものではありません。人類にとっての『新しい年』がはじまるのです」
メッセージはそう締めくられて、パソコンはまた、自由に動かせることができるようになった。
メッセージを読み、人々は現在世界で何が起きているのかを知った。そしてそれは自分の住む一国だけで起きているわけではない、世界同時多発として起きていることだと知った。ただし、唐突過ぎるメッセージに戸惑い、理解するには至っていない。ただ、そこで語られた話には、何か一本筋が通ったかのような整合性があり、信憑性も十分感じられ、人々は信じうる話ではないのかとも思いはじめていた。それと同時に、いくつか素朴な疑問が誰にも残った。メッセージの中でたびたび言われた<わたしたち>とは誰を指し、何を意味するのかと。そもそも「ワールドコイン」と「軍隊の無力化」に何の結びつきがあるのかと。そして明日現れるとされる「奇蹟」なるものが一体何なのかと……
世界中が大混乱に襲われている。ワシントンでもモスクワでも北京にもロンドン、パリにも自動小銃を手にした兵士やら、武装警察が緊急で街角に配置された。
日本でも緊急事態として、あらん限りの非番の警官、自衛官が招集され、全国の主要都市の街角に配備する司令が発せられた。
しかし、あまりに前例のない想定外の緊急事態にマニュアルもなく、指揮系統も大混乱している。しかも大晦日の夜。人々は大挙して初詣に向かうであろう。参拝中止を呼びかける時間もない。明治神宮に、成田山に、住吉大社、伏見稲荷へと何千万人の人が押しかけることであろう。大規模なテロは本当に起きないのか?……めでたいはずの新年の風景はひどく、物騒なものに変わっていた。
2034.1.1(日)A.M.11:30
一夜明けて、一見、世間は至って平穏であった。繁華街の要所要所に自衛隊員が自動小銃を持って、街角のあちらこちらに警察官が所在無げに佇んでいる風景を除けば。
元旦の朝、沢村恵理子は新聞を買いにコンビニに向かっていた。右手にはいつもの銀の杖を従えて。
作品名:サイバードリーミーホリデイズ 作家名:ふじもとじゅんいち