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ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
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サイバードリーミーホリデイズ

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 パチンコが駄目なら競馬でもするかと、大井競馬に繰り出すことにした。買ったばかりのBMWで行こうとも思ったが、帰りに酒でも飲むことになったら面倒なのでと、第一京浜でタクシーを捕まえ大井競馬場に向かった。
 競馬場に着くと第五レースが終わったところだった。六レースからはじめて、全七レースはできるわけだ。競馬場に来るのは随分と久しぶりのことだった。飲み屋の電話番をやってる頃、兄貴分に当たる奴から、「博打というのはそもそも胴元が勝つために存在する。飲み屋やってわかるだろ?元でなしでこんだけ儲かるわけだからな。だから子としては博打は打つな。それが鉄則。それでも博打をしたかったら胴元のない麻雀をやれ。もちろん腕を磨いてだけどな」そう言われてたものだが、わかっちゃいるけど結局手を出してしまうものなのだ。暇をつぶすのに金のやり取り以上にスリリングなものなんかないのだと。昌晃は景気づけに缶ビールを一本開け、競馬新聞を睨みつける。勝負はメインレースと決めていたが、六レース、七レース、八レースと、穴狙いで小さく買うがとことん外れ続ける。悔しいのは本命はどの馬も沈んでいるのに、昌晃の狙いの馬も直線伸びを欠いたり、馬群に沈んだりと、散々だった。その後も九レース、十レースとこれでもかという程に荒れまくるが、運に見離されたかのように、とにかくかすりもしない。
 迎えたメインの十一レース。今日一番本命が鉄板だと思われるレースだった。さすがにそろそろ本命が来るはずだと、本命から連単で薄い所へ七通りぐらい買うことにした。最終レースを考えずに三十万ずつ七点買いの有り金勝負に出る。
 レースがはじまり集団から五馬身程前に無印の逃げ馬が気持ちよさそうに逃げている。本命馬は後続集団の中で絶好の位置をつけている。この逃げ馬が逃げ残って本命に差されれば的中することになる。直線に入り、逃げ馬が集団に飲み込まれそうになりながら二の足を使って、もう一度突き放そうと必死に駆ける。(逃げろ!逃げ残れ!)昌晃は心の内で叫ぶ。後続集団の好位置から本命馬が一気に加速し抜け出し、逃げ馬を捕らえようとする。(よし!差して三─五の大穴。五十倍はつけてたはずだ。取ったぜ!)ゴール板まであと十メートル。いよいよ本命馬が逃げ馬を捕らえたかと思った瞬間大外から無印の馬が末脚を爆発させて二頭を抜き去っていった。
 その場でついへたり込んだ。写真判定とは一応出ているが、昌晃にはスローモーションのようにゴール前で本命馬が差し切られているのがはっきり見えていたからだ。「完全に負けた」と。
 半年で四千万稼いだ金が完全に溶けた。ただただ、昌晃は項垂(うなだ)れた。しばらくその場でしゃがみ込んだまま、最終レースに参加する金もなくぼんやりと見ていた。突風が吹いてダートの砂が舞い目に入り、落日が滲んで見える。 
 金が一銭もなくなった。正真正銘の無一文。タクシーはおろか、電車賃さえなく、蒲田まで歩いて帰るしかない。昨日までの暖冬が嘘のように北風に吹きさらされ、粉塵が舞うなか第一京浜を蒲田方向へ歩いた。太陽が沈んでいく。大型トラックの軋むタイヤの音。咆哮のようなエンジン音。環七を越え、二股で別れる産業道路を左に見ながら。途中吉野家があったので寄っていくかと思ったが、そもそも電車賃さえなかったことを思い出し、(有り金勝負する前に、何か食っておけばよかった)と自分自身の馬鹿さ加減を呪った。
 だらだら、とぼとぼと歩きながら、二十年前はじめて東京に来た夜を思い出した。梅雨が明けた八月の一年で一番暑い頃のことだ。
 
 十八の時、縁故採用で何とか地元のガラス加工会社に就職したが、クソ煩い上司をぶん殴って三か月で辞め、何をするわけでもなくほっつき歩いていた。会社を紹介した親父は「顔に泥を塗りやがって。出来の悪いお前のような奴を誰が雇ってくれると思ってるんだ!」と激しく責め立て、顔を合わすと口論になった。狭い田舎町だから昼間からぶらぶらしている俺を近所の人間は冷たい視線で晒し続けた。サテンに行っても、飲み屋に行っても、パチンコ屋に行っても、どこに行ってもだ。田舎町の狭い世界どこに行っても必ず知り合いがいて、暴力沙汰を耳にしていたのだろう蔑むような視線を投げつけられた。いい加減我慢の限界だった。「こんなクッソ田舎入られるかよ!」と親父の車を盗んで、財布から金くすねて東京を目指した。カーナビの行き先を新宿として、北陸自動車道、関越自動車道をぶっ飛ばした。捕まろうがどうなろうが考えずに時速百五十キロで飛ばし続けた。見る見るうちにくすぶった過去を置き去りにしている感じがして気持ちよかった。ざまあ見ろと思った。くそな世界は完全に追いてきぼりにしてやったぜと。
 新宿に到着したのは夜八時ぐらいだったと思う。車を路駐し、一度は行ってみたかった歌舞伎町を目指した。まるっきり場所は分からないので、新宿駅まで行き人の流れに乗ることにした。田舎者だと覚られないように、精一杯舐められないようにと、肩で風を切るように歩いた。今思えば田舎のどチンピラそのものに見えたに違いない。だが実際には見るも聞くもはじめての新宿にびびりまくっていた。故郷じゃ祭りだって集まることはないぐらいに人が溢れかえっていた。そして、光、光、光だった。無数に妖しげに輝くネオン、高層ビルの整然とした窓から漏れる無機質な光、車のヘッドライト、テールランプ。洪水のように光が溢れかえっていた。テレビドラマの中に入ったかのようだった。気が付くとわけの分からない裏路地に迷い着いて怖くなり、走って逃げた。新宿駅までは辿り着いたものの、車を停めた場所が分からず完全に道に迷い、小一時間ふらついた。結局新宿駅に戻り、アルタ前の駅前広場で一晩中ずっと通行人を眺めていた。粘り気のある空気が淀み絡みつく熱帯夜。新宿駅の地下通路へどこまでも途切れることなく吸い込まれていく人々。大都会の喧騒にアブラゼミの鳴き声が交じり合う中、ずっと意味もなく通行人を睨みつけていた、あの夜のことを。
 
 電線が絡みつく醜い風景のなか、一時間かけて蒲田に辿り着くと「百万ドル」に行き、貸した金を返してもらおうと山田のババアを探すがこんな時に限って見つからない。仕方なく「楓」でツケで飯を食おうと思い店に行くと、店のドアには「謹賀新年 一月五日まで休業します」なるポスターが張ってあり、いよいよ万事休す。どうにもならず自宅に戻り、買い置きのカップラーメンを食べながら、ここ二日立ち上げもしなかったパソコンのスイッチを入れて、所在なくネットを閲覧したり、メーラーを立ち上げてみたりしたが、何ごとも変わりはない。変化したのはやはり迷惑メールがきれいさっぱりなくなったことぐらいだ。昌晃はそれでも入金がなくなった原因らしきものを探ろうとしたが、手立てはない。そして何気なくメーラーのゴミ箱を開けると、三日前にポツンと一通だけ来たメールがあることに気付き、意味があるとも思えなかったが開けてみた。
「振込みがなくなって焦ってんだろ。ざまあみろ。ば〜か。お前の正体全部分かってんだからな。死ねよ、地獄へ堕ちろ」
 脳みその中に百万個の疑問符が湧き上がり、大渋滞を起こしている。