サイバードリーミーホリデイズ
「まあねえ、関係が冷えて不倫するのが女で、関係に飽きて不倫するのが男。で、女の不倫は本気で、男の不倫は遊び。そんなところじゃない?」
「成程ね。遊びと本気ねえ」
確かに投網漁法で振り込んで来るのは大体男だ。女は本気なのでばれても構わないってことか、と頷く。
──となると俺は遊びで女転がしてる奴に制裁を加えてることになるわけだな。ざまーみろだ。
「不倫といえば、この間変なメール私んとこに来たのよ」
山田節子がまた話に割り込んでくる。
「お前不倫してるだろ、ばらされたくなかったら金振り込め。とかの脅迫メール。馬鹿じゃないかしら。あんなんでお金振り込む人なんているのかしらねえ?」
山田節子の思わぬ言葉に、何を言っているのか理解するのに少し時間がかかったが、理解に及ぶと昌晃は傾けていたグラスを元に戻し体が固まっている。
──山田ババアに俺が送ってたってことか?
世の中は考えているよりはるかに狭いな。やばいやばい……
「そういうのは無視。無視に限るね。うん」
心にもないことを言って、話題が去るのを待つしかない。そう思いながらグラスを傾け、殊更に興味のない風を装うが、今度は楓がこの数か月の昌晃の変貌ぶりを追及しはじめた。
「そんなことより、昌晃君あんた、最近何か生活派手になってない?仕事辞めてぶらぶらしてる割には金回りがいいって噂になってるわよ」
「うるせえなあ。いいじゃねえか、競馬で大穴当てて大金入ったんだよ。そういうことにしとけよ」
「貯まってたツケ払ってくれたのは有難いけど、何かやばいことしてるって、もっぱら噂になってるんだからね。私は心配で言ってんのよ」
山田節子も頷くように、昌晃を見ている。楓とすればツケで飲むのもやめてくれたし、しかも金使いも金離れもいい今の昌晃を客として手放したくはないのだが、どう考えても尋常ではない金使いをしているのを見ると、心配でならなかったのだ。それに長い付き合いだし、チンピラ風情だがどこか人懐こいところもあって、憎めないのだと。
「昔、三億円事件っていう強盗事件があったっていうじゃない?もっとも私が生まれる前の事件だけど。当時の三億って今でいう二十億とも三十億ともいわれる大金になるらしいけど、もしそんな大金を突然手にしたらどうする?大した稼ぎがあるはずもない男が突然羽振りがよくなって、いい服着て、いい車買って、贅沢な食事して。当然周りからは妙な目を向けられることになるわけね。となると、大金手にした割には使えなくなるのね、実際は。使ったら使ったであらぬ噂も立つから、住み慣れた場所さえ居ずらくなって、孤立していくわけね。だから危ない橋渡って大金手にしたところ、考えてたような生活ができるわけではないってこと。分かる?」
そこまで言って、楓はビールグラスを飲み干した。
「じゃあ何?俺が銀行強盗でもしたっていうのか。まったくよ、うるせえってえの。どいつもこいつも。何で酒飲んで、説教されなきゃいけねえんだよ。ほんとうるせえな。酒がまずくなるじゃんかよ、もういいよ、勘定して。帰るよ」
昌晃はスマホをかざし、金を払い店を飛び出した。
「いいところもあるんだけどね。だけど基本馬鹿だからね、あいつ。これっきりだったりして」
山田節子が諦めたようにそう言うと、
「平気。どうせ他に行く所なんて有りゃしないんだから。でも実際何があったんだろうね?尋常じゃないもの」
楓もまた諦めたような顔をしながらそう言うと、カウンターに残った皿を片付け水を張ったシンクに皿を沈めた。
店を出ると昌晃は、たいして飲んだとも思えないのだが、足にくるぐらい酔っていることに気付いた。足取りがひどく重い。よろけながら歩いているとポケットの中でスマホのヴァイブレーション機能がメールの着信を告げている。メーラーを立ち上げると、やはり見知らぬメールアドレスからのメールだった。いつものように山のようにやって来る反論・抗議・懇願メールの類だろうと思い速攻ゴミ箱に捨てた。それにひどく酔っており、面倒臭いのはご免だと。
そして何とか家に戻ると、ぶっ倒れるようにベッドに沈み込んだ。
***
「お前のやってることは犯罪行為だぞ。絶対に許さない。何が「死ね」だ。何が「家族が泣いている」だ。笑わせるな。もうお前の部屋は割り出してある。夜道には気をつけろよ。じゃなけりゃ警察に自首でもして保護でもしてもらえ」
七日前、怜奈は内海昌晃にそんな内容のメールを送った。予想通りではあったが反応はなかった。確かに不特定多数にメールを送るということは、一方でわけの分からない不特定多数を相手にするということでもある。その中には金を払ってしまうような人間もいれば、逆に異常反応してくる人間もいるということなのだろう。であれば、奴の所には連日山のような嫌がらせメールが舞い込んでいるに違いないし、そう考えると自分の送ったメールに反応がないのも理解できた。
怜奈は一週間経って再度内海昌晃のパソコンにハッキングをかけて、その後の動向を探ってみた。脅迫メールは相変わらず毎朝送り続けているようであり、いまだ警察には捕まっていないことが分かる。脅迫メールの文面が書き換えられたことには案の定気付いていないらしく、怜奈は少し勝ち誇った気になった。いずれにせよ逮捕されれば紗枝の所に連絡が行くはずだから、怜奈としてみればその報告を待てばいいだけではあったが。しかし、年の瀬が押し迫っての事件だからなのか、国家破産の憂き目で組織がガタガタになっているからなのか、怜奈には警察の動きの遅さが、じれったく(実際、アドレスから住所を割り出すなんてそう難しいことではないわけだし)何とも腑に落ちなかった。怜奈は警察に催促でもするかのように、例の脅迫メールを、内海昌晃の現住所の所轄である蒲田警察署にも昌晃のパソコンから送ることにした。
そして腹いせというわけでもないが、もう一度内海昌晃にもメールを送ることにした。今度は内海昌晃をピンポイントで不安に陥れる内容にして。
「振込みがなくなって焦ってんだろ。ざまあみろ。ば〜か。お前の正体全部分かってんだからな。死ねよ、地獄へ堕ちろ」
一方その頃内海昌晃は、この一週間突然金が送られて来なくなったことに、ひどく困惑していた。この半年間刻んだように毎日二、三十万振り込まれていた金が、急に途絶えてしまったわけなのだから当然といえば当然だろう。メール機能がぶっ壊れたのかと、別の捨てアカにメールを送信してみたが、異常はない。脅迫メールをパソコンからではなく、スマホから送っても変化はなかった。振り込まれなくなって三日後には送るメールを一日二百通から千通に増やしてみたが、それでも反応は変わらない。「何でなのかさっぱり分からん」と打つ手もなく、ぴったり一週間前に止まった入金状況を示すスマホのウォレットをじっと睨みつけている。ただ一つ不思議なことに、金の入金が途絶えたのと同時にあれ程来ていた迷惑メールもぷつりと来なくなったのだ。いずれにしても昌晃にはさっぱり意味が分からず困惑するばかりだった。
そしてさらに一日経ち、二日経ち、三日経ち、相変わらず入金はなく、それでもパチンコで連日擦り続け、気が付けば大晦日になっていた。
作品名:サイバードリーミーホリデイズ 作家名:ふじもとじゅんいち