サイバードリーミーホリデイズ
──何なんだこの騒ぎは?
野次馬根性で騒動の現場まで行き、人垣の後ろから中を覗くと、一人の東南アジア系といういでたちの中学生の女の子と、その女の子を守ろうとでもしているかのような三人の大人を、十数人の男が取り囲み恫喝でもするかのように激しく責め立てているのだ。騒ぎを聞きつけてからなのか、警官も何人か見守ってはいるが、制止するわけでもない。十数人の男たちは口々に「不法滞在者は日本から出ていけ!」と騒ぎ立てていた。
何があったのか?と野次馬の一人に聞いてみると、そのやじ馬が言うには、その女の子の両親は不法入国で日本にやって来たミャンマー人で、不法滞在者として国外退去を命じられ、すでに日本にいないということらしい。しかしその娘は日本で生まれ育ったがため、ミャンマー国籍もなければミャンマー語も喋れない。通う中学には慕う先生もいれば、仲の良い友達もいる。両親とは引き裂かれた状態とはいえ、彼女としては何としてでも日本に残ることを望んでいる。そしてそんな彼女の希望を叶えさせようとしているのが、現在女の子の楯替わりになっている三人で、彼女の「日本在住を実現させる支援グループ」ということらしい。実際その働きかけにより、人道上の見地から日本在住が認められる方向で事態は動いているとのことだった。
ところがそれを知った排外主義グループというのが、自らの主張を世間にアピールする絶好のチャンスということで騒ぎ出したということらしい。それが現在取り囲んでいる十数人の男ということだった。その集団の一番後ろで腕を組みながら薄笑いを浮かべている禿げ頭の男がこのグループのリーダーなのだろうか?
「不法滞在者は日本から出ていけ!」
その一団の男達は拡声器で彼女を汚い罵声と怒声でさらに執拗に追い詰めている。
正直、ハイガイシュギグループというのが何なのかよく分からなかったが、何で日本にいちゃいけないのかそれが一番よくわからなかったし、そもそもいい年をした男達が一人の女子中学生を取り囲んで拡声器で罵声を浴びせている姿はどう見ても異様に見えた。
瞬間マルコのことが目に浮かんだ。異国に暮らすか弱い存在。もし、マルコがこんな奴らの標的にされたとしたら。そう思うとその娘が不憫に思えてならず、気が付くとその抗議グループの先頭に立って拡声器でがなり立てている男の前に飛び出していた。小太りの蛙みたいなツラしてる奴だ。
「こら、てめえ何様で女の子いじめてんだこら!」
「何だお前は!お前もあいつの支援グループの人間か!ここは日本だ!不法滞在者が日本にいるのを許すわけにいかないだろ!」
「何だそのシエングループてのは?はあ?舐めてんのかこら!」
気が付いたら相手の顔面に頭突きを一発かましていた。その糞蛙野郎は鼻血を出して後ろに倒れた。しかし、騒動を見守っていた警官が、目の前での暴力行為を見逃すわけがなく、傷害罪ということで俺はその場で逮捕されてしまったのだ。
だが、本当の悲劇はその後にやってきた。警察としては送検する程の事件性がないということで、俺の拘留はあっさり解かれたのだが、釈放するにあたって身元引受人が必要というので、つい同居人であるカレンを呼んでしまったのだ。警察に来たカレンには身分を証明するものがなかった。そう、カレン自身もまた、実は不法滞在者だったのだ。考えもしないことだった。カレンはその場で身柄を拘束され、結局強制送還されることになってしまった。何故にカレンと自分が引き裂かれなければならないのか、さっぱり分からなかった。明るく日本社会に溶け込み、真面目に働き、もちろん犯罪歴などとは無縁なカレンが何でこの国に留まれないのか、とにかく全く理解できなかったのだが、どんな抵抗も現状の法律では覆すことなどもちろんできやしなかった。
その後彼女は、マルコを連れてフィリピンに去って行った。別れ際にありったけの金を持たす以外、何一つしてやれなかった。しかし、何であの時、身元引受人を引越センターの社長なり上司に頼まなかったのかと死ぬ程悔やんだ。悔やんでも全てが遅かった。自分の無知を呪った。その後引越センターも休みがちになり、結局元のチンピラ稼業に戻っちまったわけだが。
<花>が終わると、三人組の客の一人が、カラオケで聴いたこともない演歌を聞くに堪えないひどさで唸っている。曲の合間にしょうもないかけ声が発せられ、曲が終わると面倒くさそうな義理拍手が起きている。
楓が温めた豚の角煮を昌晃の前に出すのをきっかけに昌晃は話しかけた。
「ねえママさあ。カレン元気でやってるかな……マルコだって大きくなっただろうし。連絡とかないよね?」
「どうしたの突然、そんな昔のこと。あれば知らせてるわよ。もう何年になるんだっけ?」
「六年ぐらいかな。だとしたらマルコ十一歳になるのか。ちゃんと小学校行ってるのかな」
「カレンのことだからきっとちゃんとやってるわよ。しっかり者だし、誰にも好かれる性格なんだから、心配するに及ばないんじゃないかしらね。でもいい娘だったよね」
「ママのいう通り」
カウンターの端っこから山田節子が突然会話に入り込んだ。
「あんたなんかに心配されるような娘じゃないって。マルコなら私も結構面倒みたのよ。懐いてたしね。それにしてもあんたが馬鹿やらなきゃ、ずっと日本にいられたのにねえ……唯一心配なのは、腹まして逃げた男やら、昌晃やらと男運がないことなんだけどね」
「今さら蒸し返してんじゃねえよ。うるせえな」
昌晃は角煮を頬張り、フィリピンで明るく生きているカレンを思い浮かべ、むしろ一時でもゴミみたいな自分と共に暮らしてくれたことに、今となっては奇跡のように感じられた。確かに山田ババアの言う通りだと反論もできず、今一度カレンへの想いを強引に断ち切ることにした。
餃子を食べ、ビールからボトルキープしてあるいいちこをロックで呷り、昌晃は少しずつ酩酊していった。スマホを取り出し、入金状況を確認すると、今日は三件、三十万振り込まれたことを確認し、思わずニタリと笑い、追加で焼うどんを注文した。
「気持ち悪い笑い浮べて。最近あんたその気持ちの悪い笑いよく浮べてるよね。何見てんのさ」
山田節子の問いを面倒臭そうに手で払いのけ、いいちこを呷る。もっとも訝っているのは山田節子ばかりでなく、楓にも疑われているので、黙りこくりなかったことのようにいいちこを飲んでいる。
二人のやり取りを何となく耳にしていた楓が焼うどんを作り終わり、何か言いたげに昌晃の前に差し出した。
「一仕事終わったから、私にも奢りなさいよ」
パチンコで二十万負けたけど、結果今日の収支は十万プラスしているので売り上げに貢献してやろうと、気前のいいところを見せることにした。
「いいよ、じゃあ好きなの飲んで」
なにせ湧いてくるように金が手に入るわけだから、どの道痛くも痒くもない。
「ところでママさあ、何で人間は不倫なんかすると思う?」
楓は妙なこと訊くねえという表情をしながら、瓶ビールを開け、自分のグラスに注いだ。
「ん?あんた不倫してんの?」
「んなわけないけど、テレビドラマとかそんなんばかりじゃん」
作品名:サイバードリーミーホリデイズ 作家名:ふじもとじゅんいち