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ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
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サイバードリーミーホリデイズ

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 <ばくだん>とは駅前にある七十を越えた爺さんが一人で切り盛りしているおでん屋のことで、二人が大の贔屓にしている所だった。とにかくおでんのことを話し出すと止まらなくなるよく喋るお爺さんなのだが、おでんに対する情熱と愛情が迸(ほとばし)り、それが妙に可笑(おか)しいぐらいに可愛らしく、そんな人柄が店の雰囲気をつくり出し、幸せな気分にしてくれる店だった。だからといって客に何かを強要させるようなことなどもちろんない。何より肝心のおでんは文句なく美味しい。
 二人は軽口を叩き合いながら、ベンチを離れ駅前に向かって歩き出した。
「この間の怜奈、キレキレだったよね。三試合で五点だっけ。特に三試合目のボレーぎみに決めたやつ、あれ超恰好良かったよね」
「黄金の左足炸裂!ボレー決まると気持ちいいのよねえ。滅多ないことだけどね」
「ていうか私のクロスが絶妙だったの忘れないように」
 先日やったフットサル大会の話などで盛りあがるが、怜奈とすると改めて「相談に乗って欲しい」というメールがやはり少し気になっていた。
「でっ、相談って?」
「う〜ん、それがさ〜……<ばくだん>に着いてからでもいいんだけど、まいっか。むかつくメールが来てさ。ていうか、はじめはガン無視で、そっこーゴミ箱行きだったんだけど、三日後にまた同じメール来てさ。まじムカついてるていうか、ただ気味が悪いっちゃ気味が悪いんだよね……」
 紗枝はスマホを取り出し、メーラーを立ち上げ「ムカつくメール」を怜奈に見せた。

「お前が不倫していることは分かってんだよ。ばらされたくなかったら下記のアドレスまで十万ワールドコイン振り込めや。不倫なんてしてんじゃねえよ。ば〜か。俺はな相手の家族が泣くのを見てられねえんだよ。死ねよ。すぐに振り込めよ。すぐにだ。さもないとあっちこっち話ばら撒いたるからな。覚悟しとけ。 address :xxxxxxxxxxxxxx」

「はあ〜?何これ?」
「でしょ?ばっかじゃないかしら」
「これって、あれよね。名簿か何かからアドレス引っ張ってきて、不特定多数に一斉に同じメール送ってる奴だよね。そんでつい振り込んじゃう人がやっぱりいて……ふ〜ん。だけど単に無視すればいいだけなんじゃないの?こんなの」
「だからさあ、私もはじめはそうしたわけ。そしたら三日後また来てさ、何かだんだん腹立ってきてさあ、だって実際被害に遭ってる人だっているわけでしょ?これで。でまあ怜奈に話せば何とかなるかと思ってさ」
「なら、警察に届けるしかないんじゃない?」
「それもそうなんだけど、私自身が騙し取られたわけではないから、被害届ってちょっと違うような気がしてさ。それにこのメールだけで警察動くと思う?」
「う〜ん。でも、これ悪質よ。だって完全に脅してるわけだし」
「でしょ。だから<ばくだん>で作戦会議ってことね」

 五時開店直後というのに、<ばくだん>はほぼ客で埋まっていた。カウンターだけの十人も入れば満員になってしまう狭い店なのだが、名物主人の人柄でお客が絶えないのだ。
「フミヨさん。おひさ〜」
「ありゃ〜久しぶりだね〜。何人?二人?一人補助椅子になっちゃうけどいい?詰めてね。あ、あと暖簾しまっちゃってくれる?」
 満員になると来た客に暖簾をしまわすのである。何でも暖簾がないのは満席の目印なのだそうだ。紗枝が喜々として暖簾をしまっている。フミヨさんというのは主人の名前で二三四と書いてフミヨと読むらしい。客にはそう呼ばれている。
 十人がけの所を十一人分の席を作り、汲々とした中で二人が席をおろすと、すかさず生ビールとお通しのはんぺんが出てくる。
「紗枝さんと怜奈さんだったよね?で、紗枝さんが、がんも、糸こん、ロールキャベツ。で怜奈さんはタコ、コンニャク、牛蒡巻き。でよかったっけ」
「ご名答!凄い!」
 二人は笑いながら乾杯した。紗枝は危うく店に入れなかったことに「怜奈が遅れるからよ」と冗談めかして非難するが、まあ席さえ確保してしまえば忘れてしまうようなことでもあった。ただし、賑やかだが煩すぎることはないこの店なのだが、あえて難点をいえば客同士でさえこの店に来ると親しくなってしまい、相談事を話すのには若干向いてないのかもしれないことだった。
「で、どこから話せばいいんだっけ?」
「警察に届ける」
「そうそれ。だけどこれで警察が動くかどうかってことでしょ?」
「そう、そこよね。それで私は考えたわけです。ここで怜奈の出番なのよね」
「言っている意味が分かんないんですけど」
「怜奈が警察を動かすってこと」
「はあ?あの〜ますます分からないんですけど」
「だから、今年のハッカー都大会銀メダリストという、腕っこきのハッカー沢村怜奈の出番ってことです」
「げっ。何それ。何やらせる気?すごいやな予感……」
 怜奈は白い眼で紗枝を見やりビールジョッキを傾けた。怜奈はフットサル同好会と同時に「ハッカー研究会」というサークルにも入っているのだ。
「では一から説明しましょう。まず私は明日にでも目黒警察署に行って送られたメールと共に被害届を出します。当然受理されます。次に怜奈はこのメールを追跡してメールの送り主を特定するわけです。それでその犯人のパソコンに潜入して、脅迫メールを見つけ出し、そいつのパソコンからそのメールを目黒警察署に送ります。私の届けたメールとおんなじものが警察署に直に届いた以上警察は動かざるを得ませんね。ついでに、メールのなかのワールドコインの送り先アドレスを消去して、二度と誰も振り込ませないようにする。以上」
「はあ〜〜〜〜〜?!?!」
 マシンガントークで畳みかけられ、怜奈は虚を突かれるが、作戦としては実によくできていると認めざるを得ない。あまり認めたくはなかったが。
「あのねえ、簡単に言うけどねえ、いや、まあやれば容易(たやす)いことだとも思うけど、他人のパソコンに侵入するってそれ犯罪ですよ、ハンザイ。そいうのこそ警察に任せりゃいいことじゃない」
「だからさっきも言ったけど、私の届け出ぐらいじゃあ警察は動かないに決まってるって言ったでしょ。怜奈だってそれ認めたじゃない。である以上もうプラスアルファが必要ってことなわけ。人肌脱ぐ!」
 そこまで言われると、引き受けざるを得ないのかと怜奈は観念した。
「しょうがないなあ……う〜ん。まあ分かったわ。とりあえずそのメール私に転送してくれる?それから、人肌脱ぐことにしたので、今日のおでん代は紗枝の奢りってことね」
「ちょっとそんな、ええ?!あのお、今月金欠なんですけど……」
「いや、いつもだいたいあなたは金欠です。それでこれは報酬です。以上」
「う〜ん、まあしょうがないか。じゃあ改めて作戦が成功することを祈って」
 二人はビールジョッキを合わせ乾杯した。一皿目のおでんを食べ終え、追加で大根、爆弾、昆布にちくわぶを注文し、辛子をたっぷり塗りはふはふしながら食べている。
「涙が出るぐらい美味しいよね〜」
「おでんと辛子の相性ってほんとすごいよね。二三四さん今度はお酒ください。燗酒ね。怜奈は?」
「私も熱燗にしよう。おでんと熱燗の相性というのもこれまた完璧よねえ」