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ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
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サイバードリーミーホリデイズ

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 そう促されて克彦はテーブルについた。リビングからYardbirdsのFor Your Loveが聞こえてくる。
恵理子はトマトリゾットを入れた皿を二つテーブルに置き、自らも席に着いた。
「胃が弱ってそうだからリゾットにしたよ。西洋おじや。アルコールはどうする?私はこれね」
 そう言いギネスビールをグラスに注いだ。
「ワインもあるけど?」
 克彦はこの半年安い焼酎以外飲んでいなかったので赤ワインを貰うことにした。
「少しは生き返ったようだね。あんたさっぱりすると意外と男前なんだねえ。そういえばまだ名前聞いてなかったね?わたしは沢村恵理子」
 克彦はリゾットを食べるのを中断し、名を告げた。
「やつれてるから老けて見えるけど、実は若いんだろ?」
 克彦は頷き、
「高校卒業して東京出てきてもうすぐ五年で今二十二歳、明けて三月には三になるけど……おばさんは?」
 と、聞き返した。
「あのねえ私には恵理子って名前があるので、おばさんはやめてもらいたい。いいこと?わたしは昭和二十五年生まれ。分かりやすく言うと一九五〇年生まれの八三歳。笑っちゃうわね」
 克彦は八十三の婆さんに拾われたのかと驚いたが、
「へー八十越えてるとはとても見えませんよ。それに元気そうに見えますし。しかしこれ美味いっすね。ワインも美味いし」
 克彦はがっつくようにリゾットとポテトサラダを胃に入れて行き、あっという間に一皿平らげ、おかわりを要求し、ワインを飲み干しグラスに注ぎ足した。
「欠食児童だね、まるで」
「ケッショクジドウ?何すかそれ?」
「死語みたいなもんだから、気にしなくていいよそこは。まあ元気って程でもないけど、特に持病がないのは取柄ね。薬も飲んでないし。ただ体力はほんとなくなったわね。いやになる程」
「で、何であんな所に行き倒れてたんだい?」
 そう聞かれ、克彦は半年前の倒産話から、散々な求職活動について話し、二か月前、住んでたアパートを一か月家賃を滞納しただけで追い出され、現在は電気もない空き家に勝手に住みついていることを話した。
 さすがに恵理子も「そりゃ困ったねえ」と同情しながら、「実家は頼れないのか」と尋ねた。
「実家は、宮城県の塩竃というところなんすけど、帰ってもろくに仕事ないし……いや、どう説明すりゃいいのかな……」
「帰れない理由があるわけか。あんた頭は悪そうでもないし、きっかけさえあれば何とかなりそうな感じはするよねえ」
 恵理子はグラスを廻し、黒い液体の中から僅かばかり泡が立ち昇っていく姿を見ている。
「普通なら行政に頼むのが当たり前なんだろうけど、ゴミも満足に収集されなければ、財務省が焼き討ちに合うような時代だからねえ……よく分からないけど、親いるんなら、とりあえず縋(すが)るしかないんじゃないのかい?」「それにねえ正月ぐらい帰って来いって言われてないのかい?とにかくねえ、飢え死ぬぐらいなら一時保護してもらいなさいよ。だいたいあんな所で死なれたらそれこそ迷惑ってもんだろ?」
「えへへ、まあそうなんすよねえ……」
 克彦は色々見抜かれてるのを感じながら、そう言葉を濁しつつ最後のリゾットを啜りあげた。行き倒れていたんだから、わけ有りなのは当然といえば当然だと。
「おかわりは?」
「まだあるんすか。じゃあもう一回」
「簡単なのよ、このリゾット。ポテサラはねジャガイモを蒸して作るの。蒸すとべちゃべちゃにならないから美味しく作れるのよ」
 恵理子は食べ終わり、ラッキーストライクを取り出し、燐寸で火を点け、うまそうに煙を吐き出した。克彦も最後の皿を惜しむように平らげ、スプーンを皿の上に置いた。
「いやあほんとうまかったっす。それから、僕も一本貰っていいすか?」
「どうぞ」と差し出し、
「ラッキーストライクと言えば両切りだったんだけどねえ」
 と、大昔になくなった品柄を懐かしそうにそう言う。
 克彦も燐寸で煙草に火を点け、「古い映画みたいですねえ」などと言いながら煙を吐き出した。
「何で今時燐寸なんですか?」 
「特に理由なんてないけど、何か燐寸棒が燃えていくのを見るのが好きなんだろうね」
 そう言われて、克彦も燃え尽きて小さくなっていく燐寸の炎をじっと見ている。
「で、恵理子さんは何してるんすか?」
 唐突に話を振られ、一瞬克彦を見やった後、
「下北沢にあるライブハウスのオーナーやっててね、たまには顔出すけど、概ね知り合いに任せちゃってるから、まあ特に何もしてないのよ。あっ、ワインは勝手にやってね」
 そう言って恵理子自身も二本目のギネスを開け、グラスに注いだ。時計は七時半を指していた。九時半には出るとして、時間はまだある。
「こう見えても若い頃からロックバンドのヴォーカルやってたのよ、わたし。CDも何枚も出したし。しかも七十二歳までやってたんだから」
「えっ!ロックバンドのヴォーカル?!スゲーなあ。僕も高校時代バンドやってたんすよ。まあこっちのは部活のコピーバンドだからお遊びみたいなもんでしたけど」
 克彦はそう聞いて、恵理子の服装も部屋の内装も風呂場もそのセンスの良さの理由に納得した。
「へえ、どんなバンドやってたんだい?」
「ピストルズとかストーンズとか。ロックはやっぱ、六十年代と七十年代っすよね。高校時代はギターばっか弾いてましたね」
「あんた、何年生まれだい?まったく(笑)生まれるずっと前の話じゃないか」
「二〇一一年っす。三月十一日。いやまあ、でもロックはやっぱその辺っすよ」
「二〇一一年三月十一日?あんた生まれは塩竃って言ってたわよね」
「ええ。そうなんすよね。津波の日に生まれたから、しぶといんじゃないんすか、きっと」
「あの日塩竃で生まれた子が、今こうしてここにいるわけか。人生面白いねえ……」
 そう言うと恵理子は立ち上がり、隣の部屋からエレキギターとアンプを持ってきて克彦に渡した。
「何でもいいから、ちょっと弾いてごらんよ」
「おっ、レスポールですね。でも何年も弾いてないんすけどねえ。じゃあ適当に」
 克彦はギターを受け取りチューニングをしてからギターを弾き、ジョニー・B・グッド歌いだした。恵理子は腕を組んで少し感心したように聞いている。
「あんた、ちょっと変わってるよね。その変わってるところがギターと歌いまわしに、自然に出てるから、なかなか面白かったよ。いや、予想してたより遥かに聴かせたよ。何だい、続けりゃよかったのに」
「えー、そうですか。どうも自分のこと客観的に見れないんすよね。そっかー、何か自信出るなあ。で、恵理子さんこそどんなロックやってたんすか?」
「CDもあるし、ユーチューブにもライブ映像載せてるのよ。今でもワールドコイン投げ銭してくれる人が結構いてね、ほんと助かってるのよね。あれ。あれ考え出した人天才だわ」
「見ることってできます?」
「まあいいけど。リビング行こうか、グラス持って」
 恵理子にそう言われ、リビングの赤いソファーに移動することになった。恵理子は棚からMacブックを取り出しユーチューブに繋げる。そして検索欄に「Killer in killers」と入力するといくつもの動画が映し出された。PVもあるがライブ映像を恵理子は選んだ。