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ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
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サイバードリーミーホリデイズ

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 大晦日。午後、自身がオーナーをしているライブハウスに、古い友人のバンドがライブをやるというので見に行き、その後正月用の買い物を済ませて、帰宅するところだった。夜十時に義理の息子に蕎麦屋に誘われていた。それまでにはまだ時間はあるが、特にすることはない。軽く食事を済ませ録り溜めしてある、イギリスの連続ミステリードラマでも見て時間を潰そうかとぼんやり考えながら家路へと向かった。足が確かなら五、六分も歩けば着くような所にマンションはあるのだが、今のこの足では十分近くかかってしまう。本来なら移動はだいたいタクシーを使うのだが、ゴミが散乱したこの道では車も入ってこれず、仕方なく歩いているのだ。東側に浮かぶ十八夜の月を背にするように右に曲がる。どこもかしこもゴミだらけだが、この通りはとりわけてひどい。うんざりしながら歩いていると、前方右側ゴミの中に倒れて動けないでいる、人間らしき姿が目に留まる。行き倒れなのだろうか?こんなご時世だから、年を越せない行き倒れもいるだろうとは思うが、まさか自分が本物の行き倒れと遭遇することになるとは、さすがに思っていなかった。面食らいながらもけもの道を進み、行き倒れの現場に辿り着く。生きているのか死んでいるのかも定かではない。恵理子からは後頭部しか見えないが、服装からして二十代だろうと推測する。恵理子はその男の尻を杖で軽く突ついてみるが反応はない。しゃがみ込み右肩を引っ張って仰向けにし、手の甲で頬っぺたを触ってみる。松本克彦はそこでようやく薄目を開けて恵理子を見つめ返した。
「あんた、この寒さでこんな所で行き倒れちゃあ完全に死ぬよ」
 克彦はかすかに頷く。
「シド・ヴィシャスみたいに死にたかった……」
「ん?何わけの分かんないこと言ってんだ?救急車呼ぶかい?」
 克彦は視線を外し、無表情のまま何やら考え込み、再び目を閉じてしまう。すると突然何かを思い出したかのように目を見開いた。
「ん?!」
 克彦は体を起こし座り込み、廻りをキョロキョロ見回している。
「女の子は?」
「ん?女の子?」
「う〜ん??……」
 克彦は唸り声あげ、左膝に肘を乗せ、額に左手を当てて考え込み、怪訝そうな顔をしている。
「いや、ここに……女の子が倒れてたんだけど……」
「何言ってるんだい。倒れてたのはあんたじゃないか」
「いやそうではなく……何ていうか……」
 克彦は何をどう説明すればいいのかよく分からなくなっていた。
「何ていうか、最近ろくすっぽ飯食ってなくて、酒ばっか飲んでて、そんで酒が切れたんでスーパーに行こうと思って歩いてたんすよ。そしたらここに女の子が倒れてて、何とかしなくちゃって思ったんだけど、そしたら自分自身もここで気失っちゃったみたいで……」
「夢でも見たんじゃないの?何だかよく分からないけど、救急車はいいのかい?」
 克彦は事態が呑み込めないでいるのか、即答できないでいる。それにそもそも自分が大丈夫なのか大丈夫じゃないのかもよく分からなくなっていた。
「う〜ん……何か大丈夫じゃない方かも……」
 恵理子は男が正気なのかどうか、目をはっきり見据え、少し考え込み、
「で、歩けるのかい?何だったらうちに来て何か食べるかい?」
 唐突な申し出に克彦はどうにも頭が働かないようで、どうしていいものか返答に窮している。
「遠慮ならいらないよ。どうせ予定なんてないんだろ?」
「ええ?飯食わせてくれるってんですか。じゃあ。何かよく分からないすけど……」
 克彦は頷き、体をふらつかせながら立ち上がり、恵理子の後について行った。足取りは多少はましになっている。
 こうして松本克彦は捨て猫のように拾われたのであった。
 
 五分程歩くと沢村恵理子のマンションに辿り着いた。七階建ての最上階の角部屋、築年数はそれなりに経っているように見えるが、瀟洒なマンションだった。部屋の中は二十畳ぐらいのダイニングキッチンとリビングルームが開放的に広がり、リビングの片側は中央にテレビとオーディオ機器が並び、それを挟むように天井までそびえ立つ作り付けの書棚には和書、洋書、写真集やら画集、CDにレコードがぎっしりと並び詰め込まれている。その反対側に三人がけの赤いレザーソファーと畳一畳分ぐらいの黒いローテーブル、奥には厚手の濃いグレーと茶のボーダーのカーテンがかけられていた。
「バスタブにお湯張ってるから、とりあえず風呂にでも入りな。だいたいあんた臭くてかなわんよ。その間に何か適当なもの作っとくから。それからこれでも着てな。風呂上りにそんな汚れた服着るのもなんだろ。サイズは合わないと思うけど」
 恵理子はトレーナーとジーンズを克彦に渡しながら、少し大げさに手で追い払うように急かせた。確かに一週間ぐらい風呂に入ってないことを克彦は今さらながら思い出し、風呂場のドアを開けた。
「何つう風呂だよ。笑えるレベル。」
 風呂場に入るなり、克彦は笑い出しそうになった。映画のセットを思わせるような風呂なのだ。足が充分すぎる程に伸ばせるバスタブは四本の銀製の馬の蹄で支えられていた。克彦には何だかよくわからない多種彩々のバスグッズがこれまたいかにも高そうな吊るし棚に並べられており、縁取りが複雑なデザインで加工された鏡も、風呂場だというのに窓にかけられたカーテンも全て品よく調和していて、外国にでも来たように錯覚するばかりだった。
 体を洗い、髪を洗い、女物のカミソリで無精髭を剃り、そして湯船に浸かる。よく分からないが入浴剤らしきものを見つけ、そいつを勝手に入れると風呂は赤く染まり、薔薇の花の香りが風呂場に立ち昇った。ほんの一時間前までゴミ山の中でくたばりそうになってたというのに、今は馬の蹄で支えられたバラの香りのする赤い湯船の中で寛いでいる自分に、なかなか現実感が追いつかない。克彦は拾ってくれた婆さんの夢の中に迷い込んだような気がして、どうにも落ち着かなかった。
 そんな浴槽の中で、無駄の塊みたいなこの四年間の東京の生活を多分に自嘲的な溜息をつきながら、気が付くと振り返っていた。

***

 そうだよな、あの時さっさと故郷(くに)に帰っちまえばよかったんだよな。そうすればこんなゴミ溜まりの中で死にそうにならずにすんだわけだし。それに元をいえば早季子、今何をしてるんだろう?大学も卒業してるはずだし、東京でそのまま働いているのだろうか?それとも塩竃に帰っていたとしたら、それこそ俺の四年間がいよいよ間抜けそのものになる。だけどそれだって、今となっては、まあどうでもいいけど。
 東京に来たのが二〇二九年五月の連休の後だから、今日で四年と八か月ぐらいになるわけか。東京に来るべき最大の理由なんて三か月で潰えたのだから、とにかくあの時見切りをつけてさっさと塩竃に戻ればよかったのだ。へらへらしながら、何もなかったように。しかし、なんだかんだずるずると流れるまんま居座り続ける内に、最後孤独死寸前になったわけだから、大馬鹿だよな。東京に行くべき最大の理由、それは彼女の早季子を追ってという、しょうもない理由ただそれだけだったわけなんだし。