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ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
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サイバードリーミーホリデイズ

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 ジェシカは離れ離れになってしまった高橋の安否をひたすら祈っている。
 さらに配信された動画を見ることによる連鎖反応は国会周辺に止どまらず、新宿に、池袋に正に燎原の火の如く、人々が暴徒化したとスマホは伝えていた。山手線はおろか、都内の概ねの鉄道は運行を停止することになったらしい。やがて暴動は東京だけでなく大阪に名古屋、広島、札幌、福岡、那覇と全国に飛び火し、とりわけて世界文明の中心地とも認知されていた渋谷のスクランブル交差点あたりでの暴動の映像が世界中に発信されると、ついには、ニューヨークに北京に、モスクワにロンドン、パリに世界同時多発暴動として連鎖していった。
 夜空にはいつまでも「金返せ!」コールで埋め尽くされていった。
日本より先にポンドが白旗を上げていたし、アメリカも時間の問題であろう。
 人類の混迷はいよいよ行き着くとこまで行ったかのように深まっていった。







Noah-bot 千三百二十一番目のつぶやき 
「花 無心にして
 蝶を招き
 蝶 無心にして
 花を訪れる」
                (良寛)


Noah-bot 二千七百八十七番目のつぶやき
「いま、サン・フランシスコで冷たい秋風に吹かれて、二人はかれらの将来には二つの道があるきりだと考えていた。蚤のサーカスを始めるか、それとも精神病院へ行くか」
(ロバート・ブローディガン「アメリカの鱒釣り」)

Noah-bot 三千百十七番目のつぶやき
「涙は人間が作る一番小さな海です」
              (寺山修司)









「俺はよ無職じゃねえっての。失業中なの、失業中。馬鹿か?ってんだ。無職なんて呼んでんじゃねえっつうの。犯罪予備軍みてえによ」
 松本克彦は勝手に住み着いた空っぽの部屋の中で、馬鹿みたいに独り言を言っている。昨日たまたま道ですれ違った、昔働いていた居酒屋の店長に無職呼ばわれされて何となく気に障っていたからだ。午後四時。もう大分酒が入っている。独り言が多くなったのは、もう何日もろくすっぽ人と話していないからかもしれない。
 半年前、克彦は勤めていた賃貸専門の不動産会社が倒産し、職を失った。次の職の当てのないまま、無職の身として社会に放り出されたわけだ。しばらくは真面目に求職活動をしていたのだが、履歴書を送ったところ、ろくすっぽ面接にさえ辿り着かないことが続いている内に、最近は職安にさえ行くのを止めてしまっていた。
 職安に行く。求人情報を閲覧し、希望に沿う会社を見つけ紹介状を書いてもらう。履歴書を書く。職務経歴書を書く。郵送する。返事を待つ。待つ。待つ。時間だけが意味なく過ぎる。何とか面接まで辿り着けたとして、それが一週間後だったりする。面接を受ける。そしてまた待つ。待つ。待つ。これまた一、二週間ぐらいしてようやく結果が送られてくる。「今回は見合わせていただきたく云々」吐き気がしそうになる。
「時間がかかり過ぎるんだよ。馬鹿じゃねえのか。履歴書書くのだって、どんだけ面倒くせーこと分かってんのか?しかも今どき手書きって、クソだろ。一回書いた奴を使い廻してコピーしてやろうと思ったけど、それもNGだと言いやがる。もうさ履歴書なんざPDFでいいだろ、切手代も封筒代もいらないし、面接もSKYPのテレビ電話で十分だろ、返事もメールで速攻寄越せってえの……」
「だいたいあの履歴書の『志望の動機』って何だよ。歯の浮くような阿保くさいこと書くのがどれだけ苦痛なことか分かってんのかよ。給料がまあ他よりましだとか、仕事が楽そうとかそんなもんで選んでんだよ、どこのどいつだってよ。ばっかじゃねーのか。」
 などと毒づいてみたところ就職ができるわけでもない。そんな日々を繰り返すうちに朝起きるのが怖くなり、部屋に閉じこもって一日を過ごし、夕暮れ時になると「また今日も無意味に一日が暮れていく……」と恐怖は頂点に達し、気がおかしくなりそうになり結局酒浸りになっていった。
 それでも酒は五時までは飲まないと決めていたのだが、やがて四時になり、今や昼の三時には飲みはじめていた。胃がやられそうな安酒を。「精神がやられるか、胃がやられるかどっちかだ」と嘯(うそぶ)き、実際は両方とも壊れかけている。もう大分酔いが回ってきていた。気付くと酒が切れかかっているので、仕方なくなけ無しの金を持って立ち上がった。スーパーに酒を求めて。  
 先週やったポスティングのバイトで稼いだ日銭が底を尽きはじめていた。失業手当は十五万円程一見律儀に振り込まれては来たが、この期に及んで役立たずの「円」で送られて来たことにはさすがに落胆した。「舐めてるとしか言いようがない」と怒りこそ沸くものの、その怒りはどこにもぶつけることができずどうにもならない無力感だけが残った。恨み辛みがつのり心は一層荒んでいく。落胆は怒りに、怒りは無力感に、無力感は荒んだ心に、荒んだ心は昼酒に繋がっていった。実際十五万円など七百五十ワールドコイン程度の価値しかなく、安焼酎一本買えばなくなってしまうのだから。それでも克彦は安酒を求めて、重い体を引きずるように家を出た。
 アパートを出るとすでに日が暮れかかっている。道はゴミ袋で埋まり、人一人歩くのがやっとというぐらいのけもの道をよろよろと進んで行く。駅前のスーパーまでの距離を思い浮かべると絶望的な気分になる。わずか七八分ぐらいなものなのだが、気分的には隣町まで出向くような感じがして、気が重くなった。時折り強く吹く風に吹き飛ばされそうになる。半年前七十キロ近くあった体重が今や五十キロを切るまでになっていた。失業ダイエットだぜと嘯(うそぶ)きたくなるが、容姿は餓死寸前の病人のようで、体力も情けないぐらいになくなっていた。二十キロ以上痩せたことと同時に、あたかも二十数年の歳月がいっぺんに経過したかのように、老け込み、貧相な中年男のできあがりだぜと自嘲した。
 それでも酒欲しさに必死になって前へ進む。前方の薄闇の空に中途半端に欠けた月がぼんやりと無表情に克彦を見下ろしている。百メートル程歩いただろうか、ゴミの道の左側に小さな赤い靴が目に留まった。目を凝らすと赤い靴には足が生えており、さらに目を追うと、足の正体はうつ伏せになって倒れている三〜四歳の女の子だと知る。生きているのか死んでいるのかも分からない。狼狽(うろた)え、激しく動揺する。
──何でこんな所で寝てるんだよ。意味分かんねえよ……

 今の克彦に何ができるというのだろう。克彦は生死の確認さえせず、見なかったことにし、また前方に進みはじめた。
──やべーよなあ。まじやばい……どうしていいのかさっぱり分からん。だけどさ、こっちだって死にかけてんだぜ。ごめんよ、ほんとごめん……   
 よろよろとまた駅前を目指した。絡みつくゴミ袋を蹴っ飛ばしながら。するとどこからともなく飛んできた二羽のカラスが、頭の上を旋回し、やがて克彦の右肩と左肩に一羽ずつ舞い降りるかのように止まった。克彦は構わず前へ歩を進める。
「何だかこの旦那死にそうな顔してるけど大丈夫かな?なあジャッケル」
「言われてみると死相が出てるね。それに、こんな時間から酒臭くないか?なあヘッケル」
「?」