サイバードリーミーホリデイズ
「戦後最悪最大の詐欺グループ霞が関と永田町に鉄槌を!」
「国賊財務官僚は直ちに腹を切れ!」
「もう我慢なんねえ。国会前行くぞ!」
「まったくだ俺も行く」
「金返せ〜〜〜!!!」
「金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!金返せ!」
「俺も行くぞ!」
「もう我慢ならねー!国会行くぞ、国会!」
「まったくだ。ふざけんじゃねーよ!俺も行くぞ」
そんな数多の書き込みを揶揄するものも、ネットのいつものお約束のように書き込まれ、人々の怒りにさらに火を点けた。
「お前らさ、馬鹿なの?そりゃあ決まってるわな。政府の台所事情一番知ってるの官僚や政治家だぞ。真っ先に替えるのあいつらに決まってんじゃねーかwだいたいいつまでも円なんかにしがみついてるって情弱すぎて笑えるわwww」
「国会前とかに行く奴って、ようするに自分の無能さを晒に行くってことだぜ。世間に迷惑かけてんじゃねーよ。無能は死ねよ」
元テレビキャスターで多少名を馳せた自称ジャーナリストなども訳知り顔でもっともらしいことを言って参戦している。
「財政破綻に関して言えば、私などはもう何年も前から指摘してたことなんです。財政破綻した国というのはですね、いわば難破船みたいなものですからね。二割、三割の人が死んでいくというのは言わば想定内ということです。だから私は警鐘を鳴らしていたんです。時代の流れについて行けと。難破船に振り落とされないようにもっと賢くなれと。まあ自己責任ですな」
ジェシカと高橋は何とか国会前に辿り着き、正門脇の公園から状況を見守ることにした。正門前には続々と人が押し寄せてきている。
晩秋。空は急速に暮れていった。六時過ぎには正門前は完全に人で埋め尽くされた。機動隊による非常線はいとも容易く突破されたとSNSで伝えられていた。機動隊員にせよやる気など出ようはずもないのだ。ジェシカと高橋の眼前には、単なる黒山の人だかりが蠢くばかりで、後はただ「金返せ!」「金返せ!」「金返せ!」という怒声の連呼が鳴り響くだけになっていた。二人は次第に公園の隅でもみくちゃにされはじめていた。やがてそのまちまちに叫ばれていた「金返せ!」という声は、巨大な一つの塊として纏(まと)まるようになっていった。
未だかつてこのような直截的なシュプレヒコールがあったであろうか?二人はその光景を、音声をスマホで拾い上げ撮影し、動画を配信していった。動画はあらゆる箇所から配信されており、現場にいる二人ですら、スマホによって現在何が起きているのか知ることになっていた。地下鉄霞が関駅、国会議事堂前駅、桜田門駅はどこも人という人でごった返している。地下鉄はホームで人が溢れ出したことによって動かなくなっていた。騒動を聞きつけた新橋や有楽町や赤坂見附から仕事帰りの、もしくは飲んでいたサラリーマンは歩いて国会を目指した。すでに国会周辺の道路という道路は半径一キロを優に超える程、人に埋め尽くされていた。桜田門あたりからの動画によると「押すなー!」という悲鳴が聞こえ、どうやら将棋倒しによる圧死が起きているらしいと伝えている。報道機関のヘリコプターのサーチライトがカクテル光線のように時折り群衆を照らし、群衆のトランス状態はそれによって拍車をかけるように増幅していった。一方、ヘリコプター操縦士から見れば、地上はスマホのバックライトで十万、百万と埋め尽くされ、ペンライトの乱舞にも、夜光虫の饗宴にも見えていることだろう。あちらこちらで発煙筒が炊かれ、狼煙のように黒煙が舞い上っていた。
国会前は完全に身動きができなくなる程に人で膨れあがり、あちこちで将棋倒しが起こり悲鳴が上がっている。ジェシカは高橋と知らず内に離れ離れになっており、安否の程も不明になっていた。揉みくちゃにされ続け、背負っていたリュックサックさえもどこかにいってしまい、ジェシカ自身も生命の危険さえ感じはじめている。
だがその時、国会正門は内側から危険を察知してからなのか、群衆に同調してなのかは不明だが、守衛の手により開門され、いよいよ群衆は国会へ雪崩れ込むように、皆がみな「金返せ!」と連呼しながら突入していった。その瞬間はサーチライトで映し出され、すぐに全世界に配信された。開門により密集は緩和されたが、ジェシカはその場を動くのを止め、なだれ込む群衆をただ脇目で眺め、身の危険を脱したのを安堵しつつ、スマホで動画を記録し続けた。
悲鳴、怒声、ヘリコプターの旋回音……「金返せ!」のシュプレヒコール。騒然とした音に交じり、今度は別の破壊音が加わり響き聞こえる。
「ガガガガガガガガガガ」
「ガッガッガッガッガッ」
「ガガガッ、ガガガガッ、ガガガガガッ」
「ガガガガガガガガガガ」
「ガガガガッ、ガガガガッ、ガガガガッ」
──何の音?道路工事……?
誰が持ち込んだかのか(もちろん建設会社関係なのだろうが)削岩機でコンクリートをひっぺがえす音が鳴り響きはじめている。砕かれたコンクリート片は次から次へと国会の窓という窓に投げつけられ破壊され続けた。完全に暴徒化した人々は国会内に突入し、あらゆる備品を破壊し、カーテン、絨毯は引っぺがしていった。それらの出来事も瞬く間に動画配信され、それがまた焚き付けられるかのように、あらゆる場所で破壊活動が連鎖していった。
ジェシカはふと気付くとヘリコプターとはまた別のプロペラの回転音のような音を頭上に耳にする。見上げると、夜空に何十機もの羽虫のようなドローンが、炎を上げた瓶をぶら下げながら、隊列を組んで南側に飛んで行くのであった。炎をまとった羽虫たちは、ジェシカの頭上を過ぎて十数分後には一斉に一つのビルに落下し、次々と火の手を上げていった。幾十もの炎はやがて一つの巨大な炎に纏まり空高く火柱になっていった。火柱は人々の怨念を燃料にして燃え上がり、同時に不幸を呑み込んでできたかのような黒煙が、天高くゆらゆらと巨大な幽霊のように夜空に立ち上り、人々を憐れむように見下ろしていた。
燃え上がるビルが財務省のビル本体であるのをジェシカはスマホで知るのことになるのだが、火柱を、そしてそれを取り巻く空気のにおいを自分自身の目を含む五感で「歴史の目撃者」として体感していた。財務省は歴史の終焉を象徴するかのように、文字通り大炎上するにいたったのだった。
──せめて、敗北宣言出した後に両替しとけば、ここまで大きくならなかったのにねえ……
晩秋の冷えた空気の中でジェシカはずっと揺れる炎を見上げていた。それにしたって、国会前に辿り着いてどのぐらいの時間が経ったのだろう。とにかくあっという間の出来事だった。スマホからあらゆる地点の情報がキャッチできるので、同時進行でいくつもの現実が猛スピードで動いているのを追認するばかりだった。ジェシカは「歴史の目撃者になった」と思いながらも、むしろ脳みそが現実に追いついておらず、ただ茫然と火柱を見つめ、立ち尽くしていた。
──高橋さん、やっぱり国会突入したのかな……うん、きっと高橋さんのことだもの、飄々と国会行って、今頃あっちこっち行って動画撮り捲っているってことね。
作品名:サイバードリーミーホリデイズ 作家名:ふじもとじゅんいち