サイバードリーミーホリデイズ
「この辺りにゴミがないのはね、町内会がどうのとかじゃなくて、放火があったからなんですよ。まあ、私んちの目の前ですからねえ、私自身もこの目でその放火を目撃しましたよ。いやもうこれが堂々と。私が言うのも何だけど、いかれちまったんでしょうね。」
<ZERO>は少し咳き込み、相変わらず視線を中空に漂わせながら話し続けた。
「このマンションの向かい側焼け跡になってたでしょう。あれ、右側の一軒家の方なんですけどね、よく庭先掃除していた奥さんがこの数か月見かけなくなってですねえ、何かあったのかは分かりませんが。まあ私もいつも見てるわけじゃないですから。それが三日前のことです。七十は越えた旦那が表に出てきて、何か突然怒鳴り声を上げはじめたんです。何を怒鳴っているのかはよく分からないんですが。その声に驚いて例によってその窓から覗いてたわけです。するとその旦那、何を思ってか、家の前に山積みにされてたゴミ袋を突然庭先に投げ入れはじめたんですよ。つい三日程前のことですがね。それで自宅付近のゴミをあらかた投げ入れると、今度は灯油撒いて火つけやがりましてねえ。そしたらこれまた空き家らしいんですけど隣家に飛び火しちゃって、まあそれはよく燃えること燃えること」
嗄れた声は聴きとりにくいが、なおも<ZERO>は喋り続けた。
「そしたらですねえ、その後がまた凄くて、近所の人があちこちから現れましてねえ、ゴミではよほど腹に据えかねていたのでしょう、その道沿いにあるゴミというゴミをここぞとばかりに投げ入れましてねえ。おかげで歩道からゴミが消えたってわけです。わたしは外に出ることはありませんから苦労の程は分かりませんが、まあそれはそれで皆さん助かったっちゃあ助かったんでしょうね。しかしまあひどいもんです。それにこのゴミで塞がれた道じゃ消防車だって入ってこれやしないですしね。でもね、火ってのは見てると何か心が落ち着くんですよ。しかも家二軒分というとでかいでしょ。わたしゃずっと見とれてましたよ」
そこまで話し<ZERO>は缶ビールを傾け、また中空に目をやっている。とにかくこの三人は奇妙なことに、他の人と目を合わせようとしない。
「冬だから虫こそ湧かないのは幸いだったんですが、うちの方では一時もの凄い数のカラスがやってきて喰い荒らしてたんだけど、それがそのうち一羽も見かけなくなったんですよ、何でだと思います?」
<CAGE>がスマホを見ながらぼそぼそと喋り出した。
「要はね、カラスって喰うと美味いらしいんですよ。そんな話がネット上で伝わるとあっという間。その話が本当かどうかは分からないけど、確かに最近一羽も見かけなくなりましたよ、うちの方では。ネット上ではカラスの解体手順まで載ってるらしいですからねえ。なんか凄いですよね、人間。僕にはそんなパワーそもそもないです」
「ネットにそんなのが出てるってことですか。成程。それまさに、今日来る時カラスを投網で捕まえて絞めている男を見かけましたよ。随分と慣れた手つきで。一羽くれるって言われて断ったんですが、何なら話のネタにもらってくればよかったですね」
相変わらずテンションは高めな感じのままだが、<RAIN>も会話に参加しはじめた。
「うちの辺りは野良犬が増えちゃって。今どき野良犬よ。そもそもさ、人がね歯欠けのようにいなくなっちゃてさ、故郷(くに)に田畑ある人は帰っちゃったらしいんだけど。そんで飼い犬を置いてっちゃたってことみたい。ひどいのになると、一家心中して犬は可哀そうだからって外に放して野良になったとか、いろいろ聞いたよ。だけど変よね。よくペットは家族の一員だからって言うじゃない?家族の一員なら一緒に天国にいけばいいのに。本当は家族の一員なんかじゃないってことよね。だとしたら」
「だけど今度は野良犬が消えたら、犬鍋にされたってことになりそう」
とけらけら笑っている。
一年前ゴミの山の中で新年を迎えるとは誰が思っただろうか。
草介自身は目撃したわけではないが、放置ゴミと空き家をセットにした放火が多発してるというのはすでに耳に入っていることだった。
死に際の話というより、単なる世間話も終わろうとしていたその時、階下からクラクションの鳴る音が草介の耳に届いた。到着の合図。数分もすれば応援組が駆けつけてくることになろう。草介もそろそろ説明しなければならない。時間は七時五十分になっている。
「ちょっといいでしょうか、お話しすることがありまして」
三人に話を向けたというのに、誰も草介に顔を向けようとしない。草介は話が届いているのかさえよく分からないが続けた。
「実はわたくし、NPO法人『いのちのよりどころ 樅ノ木の会』という、自死を望む方々に手を差し伸べ、思い留まらせることを趣旨にした団体の潜入員だったのです」
三人とも草介の言っている言葉を理解できずに、固まってしまっている。
「今仲間も応援に駆けつけています。外にワゴン車が来ているはずです。どうでしょう考え直してはいただけませんか?とりあえず内のホームまでお出でいただいてですね、お話を聞かせてください。そしてまた私達のお話しをお聞きいただきたいのです」
チャイムが鳴ったので、今度は草介自身が立ち上がり、仲間を招き入れた。
三人とも茫然として声も出ない。
<ZERO>は視線を外し再び中空に視線を彷徨(さまよ)わせている。<RAIN>は先程までのハイテンションが反転して沈みこみ、目を床に這わせている。
「意味わかんねえよ。余計なことしくさってよ、何の意味があるんだよ、そんなことして」
<CAGE>が一人抗議するが、声は弱々しく、またスマホをいじりはじめた。
沈黙が流れ、かすかに隙間風だけがノイジーに響いている。<ZERO>は激しく咳き込みはじめた。「こちらビフレンダーの山根さんです」
草介はやって来た相談員の山根美由紀を紹介した。
「山根と申します。ビフレンダーというのは相談員のことです」
山根美由紀は三人に名刺を差し出しながら
「とにかくいけません。止めましょうよ自殺なんて。センターに来てください。いくらでも話を聞かせてください」
応援で来た山根美由紀が説得をはじめたその時、<CAGE>が突拍子もなく声をあげた。
「ん?あれ?何だこれ?変だな。何かスマホが動かない、何でだろ?」
時刻はちょうど八時を回ったところだ。<CAGE>が目を丸くしてしきりにスマホをいじっている。「下にワゴン車を待たせてます。とにかくセンターまでお出でください。お願いします」
草介は山根美由紀と共に深々と頭を下げた。「そうじゃなくてさ、スマホが動かねえんだよ!ぶっ壊れたのか?何なんだよこれ?」
「あれ?私のスマホも動かないんだけど……。何なのこれ?」
<RAIN>も自分のスマホを取り出し、怪訝そうな顔をしている。
作品名:サイバードリーミーホリデイズ 作家名:ふじもとじゅんいち