小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

サイバードリーミーホリデイズ

INDEX|11ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

 はじめの内は買ったばかりのブランド品で身を固めて街を闊歩すると、自分が別人に生まれ変わったみたいな気になって、本当に嫌なことなんか全部忘れることができた。それでまたショッピングして新しいブランド品を買うという繰り返し。気付くと、買い物それ自体が止められなくなっていた。
 着もしないワンピースを、ジャケットを、ブラウスを穿きもしないジーンズを、スカートを、それに下着まで本当に色んな物を買いまくるようになった。その内、孝志の暴力とか関係なく、ただただ買い漁るようになった。物を買っている時だけが楽しく幸せで、生きている感じがした。買うことが目的だから、品物は家に持ち帰ると封も切らずに押入れの奥にしまい込んだ。本来着られてこそ生きる服も、使われてこそ耀く(かがやく)小物が、目的を失い魂の抜け殻みたいになって次々と押入れの暗がりに積みあげられていった。
 孝志はまあ給料はよかったというのもあるけど、金には無頓着なところがあって、結構な額の生活費を手渡してくれていた。家賃や電気代や食費なんかの生活費を支払って、残った分は自分で使えた。遣り繰り次第では自由になるお金は結構あったんだ。だけどそんなものあっという間に消えてなくなった。自分のカードは使用限度を超えて使えなくなった。それで私は考えたんだよね。孝志が寝た後、孝志の財布からカードを私のと入れ替えたわけ。デザインも同じのVISAカード。それでまた、殴られちゃあ買い、殴られなくても買い、その内買い物をしていないと不安になった。そして最後は買っても買っても不安が膨らんでいくようになった。本当に自分が何してるのかも分かんなくなってた。一日で靴を十足買ったことだってあった。それで当然ばれたわけ。孝志は怒り狂ったわ。だけど多分あれ、カードが勝手に使われたことだけが原因じゃない。おそらく滅茶苦茶ろくでもないことが孝志に重なってたんだと思う。だって、目が尋常じゃなかった。孝志自身も泣きそうな顔してたように見えた。狂ってるようにしか見えなかった。殴られ、蹴られ、髪を引っ張られ、「死ねよ、くず!死ねよ能無し!死ねよこの役立たず!こそ泥クソ女!」とあらん限りの暴言を浴びせられ、私は何一つ抵抗することなく殴られ続けた。でもその時はすでに恐怖も消え、泣きもせず、このまま死んじゃってもいいかって思えてきて、気が遠くなっていった。それで孝志は殴り疲れたのか、鬼みたいな形相で一万円札を二枚私に放り投げ「失せろ!出てけ!」って言うので、私は床に落ちた二万円を拾って、部屋着のジャージのままハンドバッグだけは確保し、ダウン羽織って寒空の中追い出されたってわけ。
 それから二週間、都内を転々とした。可能な限り寝泊りはネカフェでしてきた。夜は寒すぎるし。それでもう帰る所もないし、お金もないし、何か世の中も変になっちゃってるみたいだし、いっそ何で、あの時殴り殺してくれなかったんだとか思うようになって、そんな時、十日前だっけ、あの合同心中の掲示板見つけたのよね。
 だからほんと今日で終わり。ほとほと嫌んなった。自分にも……
 他に人生なかったのかって、やっぱり思うけど、今さらそんなこと考えてもしょうがないよね。だけど、何でこんなこと突然思い出すのか分からないけど、小さい時からずっと、大人になってからだって、本当はお花屋さんになりたかったんだよね。そういえば。ずっと忘れてたけど。何か小学生の女の子の将来の夢の一等最初に来るやつみたいで、子供っぽいとか言われそうだけど、昔から花が大好きだった。子供の頃自宅の一輪挿しに青くてかわいいリンドウの花が活けられていて、水替えを忘れて少し萎れかかったのを水を変えてあげたら、びっくりするぐらい瑞々しく生き返っていくの見て感動したっけ。だからお部屋を花で飾るのだけは欠かしたことがなかった。綺麗だし、落ち着くし、心が少しだけ豊かになった気がするよね。だから子供の頃からずっとお花屋さんになりたかった。だって何百本もの薔薇に囲まれて仕事するなんて考えただけで素敵じゃない?!例えそれが商品で、私に贈られたものでなくても。ああそういえば、追い出される前に飾ってたシクラメンの花、孝志のことだから水なんてやらないだろうから、枯れちゃっただろうな。それだけは心残り。
 ああいけない。さすがにもう出なくっちゃ。だいたい七時ぐらい集合だったよね。完全に遅れちゃう。まあ遅れたからってあんまり問題ないとは思うけど。
 
***

 時間が止まったかのような風景がそのまま続いている。草介は歯ごたえのない魚肉ソーセージを齧りながら二本目のビールを開け、覚られないように三人を観察していた。
<ZERO>は相変わらず中空を見つめながら缶ビールを飲んでいる。<CAGE>はいつのまにかテレビを見るのを止めスマホを所在無げに動かしている。自律神経がやられているからなのか、時折りまぶたが勝手にぴくぴくと引きつらせている。<RAIN>は紙コップにワインをついで飲みはじめている。先程よりは少しテンションは下がっているようであったが、それでもカーペットに目を這わせ、風邪でも引いているのかひっきりなしに鼻をすすりながら、ぶつぶつと独り言を喋り続けている。
 死を前にして、何故彼らは「いきさつ」なり何なりを話しあったり、身の上話をして同情しあったりしないのかとも思えたが、今さら同情も何も意味のないことだと思うと、納得できた。もう過去にさえ何の興味もないのだ。であるなら、わざわざ集まって死を共にするというのが、それはそれでよく分からなかった。一人でさっさと死ぬのと何が違うのだろう?そう考えるとやはり何か引っかかるものがあったが、結局一人では死にきれない、誰かに背中を押してもらいたいということなのだろうか。いずれにせよ彼らの心の内など分かるはずもないのだ。
 風が窓を叩いている。何かが風に飛ばされた音が遠く聞こえる。時間は遅々として進まない。待つというのはかくも長いものか。そろそろ自分の正体を明かし、保護のための応援も駆けつけることになっていると伝えようかと思ったとき、<CAGE>がスマホを床に置き喋りはじめた。
「この辺はゴミ清掃車が来てるんですね。うちの近所なんかもう例の二か月前の事態以来ほったらかし、道端にゴミが溢れかえって大変なことになってますよ……」
 今日はじめて会話らしい会話だと思い、草介は誰がどう喋るのだろうと二人を見回したが答える気配がない。
「金のある住民やら、町内会がしっかりしてる所はね、民間のゴミ回収業者を呼んで片付けさせてるんじゃないかな」
 助け舟というわけでもないが、草介は知っている範囲でそう答えた。
「そういうことか。ふ〜ん。うちの辺りじゃもう悪臭はひどいは、歩くのも自転車に乗るのも大変でね。いつまで続くんですかね、まったく。といってももう関係ないけど」
「いや、この辺りも来てるわけじゃないんだ。今はゴミはなくなったけど」
<ZERO>が突然話し出した。