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おりん(改稿版)

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「その時でございます、あっしは目を疑いやした……おりんちゃんの胸元から蛇が這い出したんでございます、だけど良く見るとその蛇には厚みと言うものがございやせん、まるで……そう、この腕の刺青のようでございました、金蔵も肝を潰したのでございましょう、蛇に刃物を突き立てやしたが、あべこべに蛇は刃物を伝わって金蔵の袖口から入り込むと首に巻き付いたのでございます、金蔵は引き剥がそうとしましたが、刺青を引き剥がせる道理もございやせん……妙な光景でございました、一見して締め上げていると言うような様子には見えないのでございます、まるで金蔵が一人でのた打ち回ってるだけのような……だけど金蔵の顔は見る見る土気色に変わりやして……正吉が刺し殺される所を見たばかりでございましたが、首を絞められて死ぬのはまた見苦しいものでございますな……ですが、不思議とむごたらしいとは思いやせんでした、金蔵は当たり前の報いを受けたんだと…………蛇は金蔵を絞め殺すとまた畳を這って、今度はおりんちゃんの着物の裾の中に消えて行きやした……」

 主は大きなため息をついた。
「今のがあっしが見たものの全部でございやす……」

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 主の顔を真っ直ぐに見て聞いていた侍は、胡坐をかいた膝に手を当てて頭を下げた。

「ありがとうよ……今度はワシが知ってることを喋る番だな……そのおりんの蛇だがな、ワシはそいつがおりんの身体に巻き着いている様を見たぜ」
「それは……いつ、どこで?」
「おりんが奉公してた庄屋の蔵の中でだよ………………おりんは死んだぜ」
「え? まさか……そんな……」
「あれだけの器量だ、庄屋のどら息子に目を付けられてな、手篭めにしようと蔵に引っ張り込まれたんだ……まあ、それまでにも何人も引っ張り込んでたらしいがな、おりんの時だけ違ったのはおりんが最後まで抗ったってところだ……そのどら息子ってのは相撲取りと見まがう位の大男でな、蔵に引っ張り込まれたが最後、大抵の女は諦めるしかねぇのさ、だが、おりんは最後まで抗って抗って、蔵にあった鎌で立ち向かったらしい、頬に傷をつけられたどら息子は逆上してな、おりんを壁にたたきつけてぐったりした所を犯っちまったらしいや……おりんが引っ張りこまれるのを見ていた女中がいたんだがな、何しろ相手は庄屋の倅だし、体が大きくて力もあって怒ると見境のなくなる野郎だよ、見て見ぬ振りするしかなかったのさ……ところがいつまで経ってもおりんは出てこない、で、様子を見に行ってみると……打ち所が悪かったのか、それともとんでもねぇ力で投げ飛ばされたのか、おりんはそのままこと切れてたってわけだ……」
「非道ぇ……なんてこった……で、そのどら息子は……」
「安心しな、お縄にしたよ、いくら庄屋の跡取りだろうが殺しは殺しだ、奉公人ったって命まで預けてるわけじゃねぇ、でよ、ワシが庄屋本人もただじゃ済まねぇだろうってそれとなく言いふらしたら、出るわ出るわ、どら息子の悪行がよ……庄屋に逆らうとどういう目に会うかわからねぇってんで泣き寝入りしてたんだな、どら息子は打ち首、庄屋も牢の中よ、歳も歳だしよ、生きてる内に出ちゃこれねぇだろうよ」
「左様でございますか……あっしみてぇなもんが頭下げても何の値打ちもございやせんが……このとおりでございます」
「よしねぇ、ワシはワシの役目を果たしたまでのことよ、ワシにとっても最後のご奉公だったからな、思い残すことなく隠居できたってもんだ……だがよ……」
「へぇ、わかっておりやす……どうして今度は蛇が這い出さなかったかって事でございましょう?」
「そういうこった」
「嘘……だからでございますよ……八年前、金蔵を絞め殺したのはあっしでございます……」
「平吉はそれを?」
「多分わかってらしたんだと思いやす、あっしが昔風車の一味だった事はご存知でしたし、あっしは気付きませんでしたが、その時金蔵は懐に風車を持ってたんでございますよ……親分さんがあっしのところで風車の話をされた時は肝を冷やしやした……あの時、親分さんは全てを飲み込まれたんだと思いますよ」
「で、平吉は怪談じみた青い蛇のことを帳面に書いて、本当の所をぼやかした……ってことだな?」
「おそらくは……いくらおりんちゃんを守ろうとしてやったことでも、人一人を殺めたんでございます、それにあっしは刺青持ちだ……そこんところを慮って頂いたんだと……」
「思い出したくもねぇだろうが……八年前の本当のところを教えちゃくれねぇか?」
「ようございますよ……あっしももう老い先短けぇ体だ、隠し事は洗いざらい喋っちまった方が気が楽になりやしょう……。 正吉が心の臓を一突きにされてこと切れたまでは先ほどお話したとおりでございます、あっしは戸口の隙間からそれを震えながら見ておりました……正吉にすまねぇ気持で一杯でございやした、で、金蔵がおりんちゃんの顔を張って着物をひん剥いた時、あっしの中で何かが弾けたんでございます、あっしは干してあった生乾きの藍染の手ぬぐいを引っつかんで、おりんちゃんに跨りながら下帯をごそごそやってる金蔵の首に巻きつけやした……その後は無我夢中で良く憶えておりやせん、気がつくと金蔵はこと切れていて、正吉は血の海の中、おりんちゃんは気を失って横たわっていやした……あっしはその場から逃げ出して、ここに戻ると布団をかぶって震えてたんでございます。
 それからニ、三日してからでしょうか、親分さんが見えまして、あっしに話してくれたんでございますよ、金蔵の首についた青痣……本当は藍が移ったんでございますがね……おりんちゃんの青痣のこと、正吉にもおりんちゃんにもやれた筈がないのに金蔵が死んでいたこと……で、最後に風車でさぁ…………あっしも一度は覚悟を決めやした、次に親分さんがみえたら潔くお縄を頂戴しようと……でも、何日経っても親分さんはみえねぇ……十日ほども経ってようやくみえた時に、一杯やりながら『これは俺の想像だがよ』と断ってから話してくれたのがあっしが先ほどした青蛇が金蔵の首を絞めたって話で……親分さんは話し終わった時に『まさかそんなこたぁねぇよなぁ』と笑っておられましたが……その時、あっしも気付いたんでございますよ、親分さんは青蛇の話で紛らわせてあっしを匿ってくれるおつもりなんだと……」
「なるほどなぁ……平吉は怪談じみた筋書きをでっち上げてお前さんの存在をぼやかしたってぇわけだな……いや、平吉が間違った事をしたたぁ思わねぇよ、正吉の家に金蔵を手引きしたのは感心しねぇが、金蔵の首を絞めたのはおりんを庇ってのこと、金蔵は捕まりゃ打ち首間違いなしの悪党だ、却って手間が省けたくれぇのもんだ……よくわかったぜ、これですっきり腑に落ちた」
「あっしも大人しくお縄を頂戴いたしやす……」
「よしな、言っただろう? ワシはただの隠居、知りてぇだけだってな」
「は?」
作品名:おりん(改稿版) 作家名:ST