③冷酷な夕焼けに溶かされて
皮肉めいた言葉に、私は小さく笑う。
「さぁ、どうでしょう。」
そして、夕焼け色の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
「私は、すりおろし蜂蜜りんごを美味しく作ってくださる王様のお側にいる事が幸せですから。」
私の言葉にミシェル様は口をへの字に曲げ、ふいっと目を逸らす。
そして年若い王子に向けられた冷ややかな視線に、マル様がすぐに気がついた。
「申し遅れました。これは我が国の王位継承第一位、リオでございます。」
マル様に紹介され、カレン様そっくりの美しい王子様が頭を下げる。
(ということは、フィンの従兄弟ね。)
リオ王子は金髪でエメラルドグリーンの瞳が美しく、お父様であるカレン王にそっくりだ。
(フィンより、少し年上かしら?)
(それにしても、ずいぶん年の差のあるお若い王妃様だけれど、やはりリク様と同じで大きな子どもさんがいらっしゃる…。)
(本当は、カレン王と年が変わらないのかしら。)
それがリク様の言う『色術の血のなせるもの』なのかもしれないけれど、それにしても想像を絶するほど若く美しい星一族にただ驚くばかりだ。
「これは、我が妃ルーナ。覇王に怪我を負わされ、このような姿だが許せ。」
ベッドへ寝かせて頂いた私の枕元に座るミシェル様の言葉に、兄上が歯噛みする。
「妹をこんな目に…!」
その隣で、カレン様とリオ様親子が眉根を寄せて私を見た。
「覇王って、ほんとに残虐なんですね。」
「怖いね~。」
全く緊張感も威厳もない親子のやりとりに、マル様が呆れた様子でため息を吐く。
けれどリク様は、切れ長の黒瞳をやわらげた。
(いらっしゃるだけで、場の雰囲気がやわらぐ。)
思わず笑みをこぼした時、マル様が音もなくミシェル様に近づく。
「これは、打撲などに効く塗り薬で、これは痛み止めです。我が星一族は製薬に長けておりますので、よければお役立てください。」
ミシェル様は警戒しているのか、それを受け取らずジッと見つめた。
そこへ、カレン王がするりと入る。
「麻流~、さっきココぶつけちゃったんだ。」
確かに指差す腕に、打ち身のような痣があった。
「ミシェル様。薬がこれしかないので、少しだけ頂いても良いですか?」
ニコニコと笑顔を向けるカレン王に、ミシェル様は無表情で小さく頷く。
「…恐れ入ります。」
マル様は頭を下げると、カレン王の腕に軟膏を塗った。
「めっちゃ痛いから、痛み止めも♡」
甘い笑顔でねだるカレン王をちらりと見たマル様は再び、ミシェル様に向き直る。
「…。」
ミシェル様の無言を許可ととらえたマル様は、カレン様に痛み止めを手渡した。
「口移しで♡」
(!!)
思いがけない言葉がカレン様から飛び出し、さすがのミシェル様も目を見開く。
その場の全員が注目した瞬間、ゴツッと鈍い音がした。
「~~~~~った~~~…」
頭を拳骨で思い切り殴られたカレン様は、涙目で頭を抱え込む。
「いい加減にしろ、ピーマン!おとなしく自分で飲め!」
底冷えのする冷淡な声色で言い捨てると、その口に薬を押し込み、飲み物を握らせた。
「苦っ!」
小さく叫ぶカレン様を無視して、マル様がミシェル様に向き直る。
「同盟の証として、こちらもお持ちしました。」
言いながら、マル様は薬と一緒に小さな小瓶をミシェル様に差し出した。
カレン王が自ら毒薬でないことを証明されたので、ようやくミシェル様はそれらを受けとる。
「これは!」
ミシェル様は小瓶の無色透明な液体を見て、ハッと目を見開く。
「ご存知の通り、本来は門外不出の秘薬です。我々は、ルーチェ国に反旗を翻さないと誓います。これらを同盟の証として、お納めください。」
「…。」
ミシェル様は、マル様をジッと見つめた。
「どうか、我が王カレンと、花の都王代理巧を信じて頂きたい。」
丸く大きな黒瞳は、全く揺らぐことなく真っ直ぐにミシェル様を見つめ返す。
互いに無表情で無言のやり取りをしているけれど、受け取った小瓶を握りしめるミシェル様の右手の爪は白くなっていた。
(よほど貴重な物なのね…。)
(何なのかしら。あの中身…。)
私は、思い切って訊ねてみる。
「この無色透明の液体も、お薬ですか?」
すると、リク様が静かに答えてくれた。
「一滴で、人一人暗殺できる毒薬です。無味無臭で、検死しても検出されない毒物を使っており、星一族の頭領にしか精製できません。」
(毒薬!)
「…そんな秘薬を献上してくださるなんて…。これ以上ない、同盟の証ですね、ミシェル様。」
私が笑顔でミシェル様へ話し掛けると、ジロリと睨まれる。
けれど、それに怯まず更に笑顔で見つめ返す私に、ミシェル様は小さく息を吐いた。
「わかった。信じよう。」
その瞬間、カレン様はリオ王子と華やかな笑顔を交わす。
そして、5人で頭を下げた。
「ありがとうございます!」
私もベッドから降りると、ミシェル様に手をついて頭を下げる。
「差し出がましいことを申しました。」
すると、私の顎をミシェル様の手がとらえた。
「…一晩かけて詫びてもらうぞ。」
「!」
妖艶に微笑むミシェル様に目を奪われると同時に、ふわりと体が反転し浮き上がる。
そして、流れるようにそっとベッドへ寝かされた。
「それまでおとなしくしていろ。」
意地悪な笑顔で私に掛け布団を掛けると、ミシェル様は優雅に胡座をかいて皆を見渡す。
「さて、今回おとぎの国と密かに同盟を結び、覇王から命じられた侵攻をやめたのは、おとぎの国の経済力、花の都の軍事力を支える星一族が欲しかったからだ。」
童顔なミシェル様だけれど、その威圧感は凄まじく、全員が背筋を伸ばし表情を引き締めた。
「だが、星一族のマル。」
名前を呼ばれたマル様が、忍然とした無機質な瞳をミシェル様に向ける。
「おまえはかつて、ひとりで各国を調略し戦況をひっくり返してきた世界最恐の忍だ。」
(!)
(こんなに愛らしく、小柄なマル様が?)
ミシェル様の言葉に、マル様は全く動じず感情の読めない瞳で見つめ返すけれど、カレン王のエメラルドグリーンの瞳は珍しく緊張を帯びた。
「そんなおまえを敵にまわさぬよう、覇王の命令を利用し、同盟を持ち掛けた。けれど、紙切れ一枚、どうにも信用できぬ。」
カレン王を威嚇するように、夕焼け色の瞳で射貫くミシェル様。
「そもそも、星一族が次期頭領のフィンを5歳から修行と称して送り込んできた時点で、私は調略を警戒していた。たとえ8年間我が国で育てたとしても、今のフィンの年には、世界に名を轟かせてた稀代の忍の甥だからな。油断できぬ。」
(フィンは13歳なの!?)
想像以上に幼かったことと、それなのにしっかりしていることに驚きを隠せない。
(それに、マル様は既に13歳で…。)
見れば見るほど華奢で童顔のこの姫が、そんな忍だったとは信じられない。
「おまえもな。」
私の戸惑いを読んだのか、ミシェル様が意地の悪い笑顔を浮かべた。
「…。」
顔が熱くなりながら目を逸らすと、ミシェル様が喉の奥で笑いながらリク様達を見る。
作品名:③冷酷な夕焼けに溶かされて 作家名:しずか