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短編集30(過去作品)

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 そんな父に似てきたと思うのは気持ち悪いことだった。
 元々神経質という言葉が嫌いな信二は、人から、
「お前、神経質になったな」
 と言われて驚愕したことがある。
 神経質なつもりなどない。
「そんなことはないだろう」
 と答えると、
「いやいや、気にしないといけないことは相変わらずなくせに、気にしなくともいいところで変なこだわりがあるんだよ。天邪鬼じゃないか?」
 と皮肉たっぷりに言われた。皮肉たっぷりに言われたと思うのは、そういう目で見ているからだろう。それから友達だと思っていた連中の表情が次第に変わってくるのを感じた。
――皆が変わったのかな? それとも僕が変わったのだろうか?
 自分に問いかけてみるが分からない。
 芸術家というと、少なからず自分の世界を持っている。その世界に入ってくるものを敵とみなすくらいの気持ちがあってもしかるべきだと思っているが、被害妄想ではないかと感じることもある、まるで違う人になったような気分だ。
 他人事のように自分が見える時というのは得てしてそういうものだろう。
――誰かが自分の中にいるようだ――
 実に不気味な考えだった。
 時々、自分が他人の夢の中にいるのではないかと思える時がある。夢の中にいる自分を表から見ているのは感じるのだが、どうしても主人公のはずの自分が自分だと思えない時がある。誰か人の夢の中に入っているんじゃないかと思えば、おかしなことだが納得できてしまうのだ。
 自画像を描こうと思ってもどうしても描けない。自分を見るのが一番難しい。自分の声だって知っている声とはかなり違うだろう。
 おばあちゃんが死んだと電話を掛けて来た時の父の声を思い出した。あの時の少し低くなった声、あれは父が普段感じている自分の声かも知れない。そう思うとなぜか震えが止まらなくなってきた。
 今の自分を見ていると、小さい頃に見ていた父を思い出す。母を見ていると、亡くなったおばあちゃんに見えてくることもある。
――おばあちゃんは本当に亡くなったんだろうか?
 今さらのように思えてくる。今もなおあのベンチに座って初老の紳士を見つめているように思えてならない。
――初老の紳士――
 どうしても顔を思い出すことができない。
 あの時のおばあちゃんの目はすべてを許すことのできる寛大な目だった。きっとあそこまでになるには、おばあちゃんくらいまで歳を取らないと無理なのかも知れない。
 最近、仕事にも余裕ができてきたが、ストレスがたまっていることもあってか、仕事以外に何か趣味を持っていないと精神的にきついことに気付いた。中学の頃にやっていた絵画をまた始めたのだが、おばあちゃんの話していた妖怪が頭の中にイメージとして浮かんできた。
 イメージとして浮かんできたので絵画をまた始めたと思ったようにも感じる。頭から蓑をかぶったようなイメージ、貧相な服装、そして足元には地中に生えた根っこ……。どれもが架空のイメージでできあがってくる。
 顔は……。
――水晶玉に写してみよう――
 なぜそう思ったのか分からない。身代わりがいるわけでもなく、ただ水晶玉を見つめている。いつになったら誰が来るか分からない果てしなく長い時間。一体どれくらいそこにいて、これからい続けなければいけないのだろう。時間の感覚などあってないようなものだ。
――こ、これは――
 水晶玉を覗き込んでみた。今までここで妖怪として身代わりが来るのをじっと待っていた人が何人いたのか分からないが、今まで誰も水晶玉を覗いてみようと思ったことなどないのだろうか。
 それとも、覗いたが何も見えなかったのだろうか? どちらにしても水晶玉の奥には驚愕してしまった。
 そこにはたくさんの人が蠢いている。皆それぞれ相手の存在に気付いているのか分からない。しかも誰も表を見ようとしているわけでもない。一人を除いて……。
――誰かが来ても、その人を身代わりに自分が自由の身になれるわけではないんだ――
 人を押しのけても自分が助かりたいとい考えへの戒めなのだろうか?
 いろいろ考えるが、所詮は信二の頭で考えているだけのことである。
 今の信二なら自画像を描けるかも知れない。水晶玉を覗いた時にハッキリと見えた。誰よりも表の存在を見ている一人の男、それは他ならぬ自分ではないか……。

                (  完  )

作品名:短編集30(過去作品) 作家名:森本晃次