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地井野  駄文
地井野 駄文
novelistID. 64685
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 こうして、瑛子様はお屋敷を去っていかれました。その後の顛末を、私は噂や報道などでしか存じ上げません。ただ、現在瑛子様が蔵元様と二人のお子様と共に渡米され、我が国を代表する外交官の妻として、米国社交界の華となりご活躍をされていること。そして三年ほど前、蔵元様がいわれのない罪で投獄された折にも、貞淑な妻として蔵元様の帰りを待ち続ける傍ら、毎週のように獄中に手紙をお送りになり、蔵元様のお心の支えとなられていたこと。その二つのお噂は、確かなものとして私の耳にも届くのでした。あの幼かったお嬢様が、それほどまでに立派な女性になられたと、そのことを聞き及ぶたびに、私も霧島家の一家令として、また昔のお嬢様を知る者として、目を細めるような思いに駆られます。
 私はと申しますと、あれから芳江との縁談などもございましたが、遂に所帯を持たぬまま現在に至ります。芳江は別の方のもとへと嫁ぎ、お屋敷を去ってゆきました。私の家令としての生活は、あの頃と殆ど変わらないと申し上げてよろしいでしょう。旦那様の身の周りのお世話をし、お庭の手入れをする。そうして日々が過ぎてゆきます。

 激動の時代にあって、我が国と、そして瑛子お嬢様を取り巻く状況も、刻一刻と変化をしておるように思われます。ただお屋敷の二階の窓から見える景色だけが、まるで取り残されたように変わらぬままです。しかしそれでも、私は私の職務に対し意義と誇りを失ってはおりません。いつかお嬢様がふたたびこのお屋敷に立ち寄られた際に、ふと昔を思い出して懐かしんでいただけるよう、このお屋敷と、この風景とを守り続けていくこと。それが私の、霧島家の家令としての、第一等の務めと心得ております。
作品名:追蹤 作家名:地井野 駄文