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地井野  駄文
地井野 駄文
novelistID. 64685
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今年もまたお屋敷の前に広がるつつじ畑に、赤紫色の花が一斉に咲き誇りました。二階の窓から見下ろしますと、お屋敷の前庭から海へ向かってなだらかに下っていく丘の斜面を、余すところなく花と緑が埋め尽くしておりまして、それは実に見事な景色であります。その赤紫色が途切れる所、はるか遠くの方には春の穏やかな陽を浴びて光る水面が見えまして、時折小さな遊覧船がのどかに白い煙を吐きながら通り過ぎてゆきます。それは、あの頃十六歳でいらした瑛子お嬢様が、よくこの窓辺に立ち、好んで見下ろしておいでだった風景と、寸分違わぬものでありましょう。


 瑛子様がお生まれになった日のことを、私は鮮明に憶えております。丁度このようにつつじが咲き揃い、空には雲一つない、麗らかな日でした。私は十に満たない年の頃で、当時この霧島家の家令を務めていた父の背中に隠れて、その場をじっと見守っておりました。まだご健在であられた奥様の腕に抱かれ、やわらかな赤いちりめんの布に包まれたお嬢様は、小さな腕を懸命に伸ばして、いつまでもいつまでも泣き続けておられました。誠に、珠のような愛らしいお子様で、奥様はそのお顔を見つめては幸せそうに微笑んでおられました。


 それから幾春かが過ぎて、瑛子様は六つになられました。非常に明朗快活なご令嬢に成長され、体調を崩されがちであった妹の淑子様とは対照的に、よくお屋敷の外に抜け出して遊んでおられました。いつもお着物よりはお洋服を好んでお召しになり、その理由を尋ねますと、「こちらのほうが動きやすいもの」と笑ってお答えになったものです。
私は齢十四になり、父の後を継ぐべく家令としてお屋敷でお仕えするようになっておりました。比較的年が近いこともあり、お外で遊ぶ際、瑛子様はよく私をお側に置いてくださいました。
 そしてその年も、お庭のつつじは見事に咲いておりました。瑛子様が花を摘んでは丁度喇叭を吹くようにして先端から甘い蜜を吸っておられるので、私が「お嬢様、そんなに沢山摘んではお庭の花がなくなってしまいます。」と窘めますと、「お嬢様ではなくて、瑛子と呼ぶようにと言ったのに。」と頬を膨らませながらお叱りになりました。それから暫くはへそを曲げてお庭をひとりでぶらぶらしていらっしゃいましたが、すぐにお気を取り直して、こうお尋ねになります。
「林吉、林吉、お屋敷の裏山にはとても大きな木があるってほんとうなの。」
その頃はまだ父も仕えておりましたので、私は下の名で呼ばれることが常でありました。
「ええ、ほんとうでございます。それはそれは立派な楠が生えておりますよ。」
その瞬間、瑛子様のお顔がぱっと輝いたのがわかりました。
「私も一度見てみたいわ。つれていって頂戴。」
「しかし瑛子様、裏山は道が悪く危のうございます。瑛子様に何かあれば私が旦那様に叱られてしまいます。」
「私なら平気。もう六つになるんだもの。お願い、林吉」
こうなると瑛子様は止めても聞かない方でした。早速裏山の方へ駆け出して行ってしまわれた瑛子様を追って、やむなく私もお伴することにいたしました。
作品名:追蹤 作家名:地井野 駄文