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②冷酷な夕焼けに溶かされて

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ミシェル様は執務室に籠ったまま、夜が更けても出ていらっしゃらない。

夕食の後、無言で席を立ち、真っ直ぐに執務室へ行かれたのだ。

「…。」

セルジオの名前を出した途端、ミシェル様からやわらかさが消え、私は拒絶された。

ミシェル様に拒絶されて以来、胸が苦しくざわつき、落ち着かない。

なんとか話を聞いてもらおうと執務室を訪ねても、返事すらしてもらえず、更に胸が押しつぶされそうになっていた。

私が所在なくペーシュを抱いて執務室前をウロウロとしていた、その時。

「ミシェル様。」

いつの間にかフィンが扉前に跪いていた。

(気配が、わからなかった…。)

それは私がミシェル様のことばかり気にしていたからなのか、油断していたからなのか、それともフィンの能力が高いからなのか…。

(きっと、能力が高いからだわ。)

奴隷の身分でいながら騎士に引き上げられ、ミシェル様のお側に仕えている時点で、稀有の才能の持ち主だということは明らかだ。

それに、今日の手合わせの時も、まだ粗削りながら筋が良かった。

これから経験を積めば、きっとルーチェ随一の騎士となり、歴史に名を刻む名将となるかもしれない。

私はまだ十代半ばの年若い騎士を見つめ、改めてルーチェが自然だけでなく人材も豊かな国だと実感する。

「ミシェル様。」

フィンが、もう一度声を掛けても、中から返事がない。

「お休みになっているのかしら?」

私だけでなくフィンにさえ返事をされないことに少しホッとしつつも、無反応なことが気に掛かる。

私の疑問に、フィンは首をふった。

「ミシェル様は基本、熟睡されません。」

「…え?」

「小さな物音にも、すぐに目を覚まされます。」

「…。」

その警戒心の強さに、疑問を感じる。

(それって…まるで敵国にいるよう…。)

(…敵国?)

なぜか、違和感の中にも当てはまった感じが、本能的にした。

その時、中から声が聞こえる。

「なんだ。」

ようやくあった返事に、扉越しながらフィンが頭を下げる。

「例の件でお耳に入れたいことがございます。」

「…入れ。」

(『例の件』。)

私がフィンを見下ろすのと、彼がこちらを見上げるのが同時だった。

入室を許されたのに跪いたまま動かない様子に、私は自らの立場を理解する。

(私は、まだ信用されていない。)

一応『寵姫』と言われながらも、やはりまだ『敵国の姫』なのだ。

私は微笑むと、扉の前から離れた。

「お茶を、淹れてくるわね。」

そして静かに背を向け歩き出すと、ようやく扉が開く音がする。

(ミシェル様の中でも、私は『信用ならない』のかしら。)

拒絶された時の顔を思い出し、再び息苦しさを覚えた。

私は緑茶を淹れると、湯呑みを2つトレーに乗せ執務室へ向かう。

そして扉をノックしようとした時、中から聞こえてきた言葉に体が動かなくなった。

『覇王には、セルジオの首を送れ。』

『処刑はいつ、どのように。』

『明朝、公開処』

ミシェル様の言葉が終わる前に、勢いよく扉が開く。

フィンの黒い瞳が、私を冷静に捕らえた。

「…聞くつもりではなかったの。でも、結果立ち聞きのようになってしまって…ごめんなさい。」

私はフィンの背中越しに、夕焼け色の瞳を真っ直ぐに見る。

「緑茶を淹れて参りました。中へ入っても良いでしょうか。」

けれど、ミシェル様はふいっと顔を背け、扉の陰へ入った。

「僕が受け取ります。」

フィンが、私の手からトレーを取りながら私を見下ろす。

「くれぐれも、妙な考えを起こさないでくださいね。」

射るような視線をふっと逸らしたフィンは、トレーが扉に当たらないよう体で押し広げながら背を向けた。

その時、床一面に広げられた地図が目に入る。

けれどすぐに扉は閉まり、完全に拒絶されたことを実感した。

途端に、体がふるえ始める。

(セルジオ…ルイーズが公開処刑…。)

ただ、ヘリオスのことを黙っていただけで、処刑される事実に愕然とする。

色とりどりの花に彩られた眩しいほど美しいこの国は、主に些細な隠し事をしただけで、殺されてしまうのだ。

(どうしてそこまで…。)

美しい国を統べる王とは思えない、仄暗さをミシェル様に感じる。

(ルイーズを、殺させたらいけない…。)

(ミシェル様のために、ルイーズを殺させてはいけない。)

(ここでルイーズを殺してしまうと、ミシェル様の心に一生消えない傷が残ってしまう。)

冷酷さは、繊細さの裏返しなのではないかと思う。

(どうすれば良いか…考えなければ…。)

私はリビングに戻り、そこに置いてあるグランドピアノの前に座る。

デューにいた時、遠征する前の晩は必ずピアノを弾いた。

ルーチェに来る時も、ピアノを弾いた。

幼い頃より、何か悩みや決意しなければならないことがある時は、必ずピアノを弾いてきた。

私は、そっと鍵盤に手を触れる。

その鍵盤は、重く深く沈むけれど、とても柔らかく丸い音を奏でた。

一曲、二曲、と立て続けに弾く。

いつしか時間も忘れ、音の世界にのめり込んだ。

(ルイーズとミシェル様を助けるためには、どうすれば良いのかしら。)

(そもそも、今回のことはどう考えても腑に落ちない。)

(何か……………処刑をカモフラージュにして、何か重大なことが進められている気がしてならない。)

でも、それが何なのかわからない。

(もう一度、ミシェル様に真っ直ぐぶつかってみよう。)

(拒絶されても、何度でも)

そう思った瞬間。

突如、バイオリンの音が響く。

顔を上げると、いつの間にかミシェル様がグランドピアノの横に立ち、私のピアノに合わせてバイオリンを奏でていた。

その音色は重くて暗い。

けれど、かすかに揺れる旋律は、ミシェル様の戸惑いを感じさせた。

私を真っ直ぐに見つめる夕焼け色の瞳は、珍しく熱を帯びている。

「…ミシェル様…。」

私が呟くと、ミシェル様はバイオリンの弦で私の顎を捕らえた。

「…なぜ、セルジオを助けに行かない。」

「…え?」

驚く私の顎を弦でなぞりながらミシェル様の眉間に皺が寄る。

「処刑すると言っただろう?大事な『初恋の相手』で『元婚約者殿』の『ルイーズ』を見殺しにするのか?」

「!」

(あれは…罠だったのだ…。)

(私がルイーズを助けに行くよう、わざと聞かせたのだわ。)

(…そうしなくて、良かった!)

「確かに、ルイーズは大事な幼なじみです。」

私はミシェル様から目を逸らさないまま、ピアノの蓋を閉めた。

「でも、今はミシェル様の方が大切です。」

「!」

ミシェル様の瞳が大きく見開かれる。

「ルイーズは助けたいです。でも、それと同時に、ミシェル様のこともお助けしたい。」

私の言葉に首を傾げながら、ミシェル様はバイオリンの弦を顎から外した。

「何のことだ?」

私は椅子から降りると、ミシェル様の足元に跪き深く頭を下げる。