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②冷酷な夕焼けに溶かされて

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甘い関係


私室に戻ると、すぐに夕食が運ばれて来る。

配膳を終えたララに、ミシェル様がパンを手に取りながら命じた。

「風呂を整えたら、今夜はもう下がれ。」

ララはぎこちなく頭を下げると、私をチラリと見る。

「ミシェル様が寛げるよう、浴室にカモミールの香を焚いていてもらえるかしら。」

「…はい!」

必要とされないことに気を落としていたララは、嬉しそうに返事をすると大きな体を揺らしながら浴室へ向かった。

私はミシェル様と自分にサラダを取り分けながら、ふとあることに気づく。

「これは…カラシナ…。」

驚いてミシェル様を見ると、夕焼け色の瞳がふいっと逸らされた。

「デューからの献上品に入っていた。」

カラシナはデュー固有の野菜で、国内でのみ流通していたのでルーチェに来て食べれるとは思ってもいなかった。

まだルーチェに来て3日だけれど、なんだかひどく懐かしく感じる。

「ありがとうございます!」

声を震わせながら笑顔でお礼を言うと、ミシェル様はカラシナへ目を向けた。

「鮮やかな色だな。」

「ミシェル様の瞳と似た色ですね。」

「!」

(…え?)

驚いたように目を見開き、すぐにその視線を逸らしたミシェル様の耳が少し赤い。

照れているようにも見えるその表情に、胸がドキンと大きく鼓動した。

(…なんだか…頬が熱い…。)

私は無言でサラダをミシェル様の前に置くと、二人でうつむいたまま黙々とそれを食べる。

そこへ、ララが戻ってきた。

「…何かございました?」

二人で顔を背けたまま無言で食べている様子にララは驚いたようで、私の顔を覗き込んでくる。

「…いいえ、何でもないのよ。」

私が慌てて笑顔で答えたけれど、ララは納得しない様子で空いたお皿を片付けようとした。

「…いいから、下がれ。」

そこへ響く、ミシェル様の不機嫌そうな声。

ララは体をふるわせると、頭を下げて出ていった。

「…ミシェル様、お肉もどうぞ。」

取りなすように、笑顔で数種類のお肉を取り分けるとミシェル様はそれをフォークで刺してなぜか私へ差し出す。

戸惑って首を傾げると、ミシェル様が瞳を細めた。

「さっさと食え。」

「…あ…。」

(食べさせてくれるということ!?)

驚く私の口に、お肉が無理やりねじこまれる。

「んっ!」

唇の傷にソースの塩気が当たり、思わず顔を歪めると、ミシェル様が少し慌てたようにおしぼりで口を拭ってくれた。

「すぐに、洗ってこい。」

眉根を寄せて私を見るミシェル様に、私は笑顔で首を横にふる。

「大丈夫です。ご心配をおかけして、すみません。」

そんな私からミシェル様は目を逸らすと、うつむいてお肉を刺した。

「…美味しいですね、このお肉。ミシェル様、お好きなのですか?」

私がモグモグしながら訊ねると、ミシェル様はそれには答えず上目遣いにこちらを見る。

「…もう一枚、いるか?」

「はい。」

私が笑顔で頷くと、ミシェル様の表情が少しやわらいだ。

そして、お皿にお肉を取り分けてくれる。

「たくさん食え。」

「…はい。ありがとうございます。」

(なんて優しい方なのだろう。)

不器用な優しさに、私の心がじわりと暖かくなる。

「ミシェル様、フルーツのお好みはありますか?」

(もっと、ミシェル様の事を知りたい。)

私の問いに、ミシェル様はデザートボウルをチラリと見た。

「ペーシュ。」

(!)

(確か、『ペーシュ』はルーチェの言葉で『桃。』)

そこで、初めて私は気づく。

どれだけ、ミシェル様が猫のペーシュを溺愛しているかを。

「たくさん召し上がってください。」

私がゆるんだ笑顔でお皿を前に置くと、ミシェル様は口をへの字にしながら目を逸らした。

(…かわいい!)

「…っ。おまえはリンゴをたくさん食え!」

照れ隠しに怒ったような口調でリンゴを山盛りにしてくるミシェル様。

「え!私、リンゴは苦手です!」

思わずリンゴのお皿を手で押しやると、ミシェル様が目を見開く。

「…傷の快復に、ビタミンが豊富なリンゴは必要なのだから、嫌がらずに食え。」

(…本当に優しい…。)

(でも、リンゴは…。)

「…すりおろして、蜂蜜をかけてやろう。」

ミシェル様は言うや否や立ち上がり、どこからかおろし器と蜂蜜を持って戻って来た。

そして手慣れた様子でリンゴをおろし始め、蜂蜜をまぜてくれる。

「ほら。」

スプーンを私の口元に持ってきてくれるので、私は恐る恐る口を開いた
口の中に入ったすりおろしリンゴは、さわやかな酸味と蜂蜜の濃厚な甘さが絶妙で、驚くほど美味しい。

「美味しいです!」

私の顔が輝くと、ミシェル様がふわりと笑顔になった。

「!」

その初めて見る、優しくてあどけない笑顔に、私の胸がしめつけられる。

そして、ようやく気づいた。

(ミシェル様が、好き。)

甘く高鳴る鼓動は、想いを自覚した瞬間から加速する。

(私は、ミシェル様が好きなんだわ。)

私が蜂蜜のように甘くとろけた気持ちのまま微笑むと、ミシェル様もやわらかな笑みを浮かべて、もうひと匙口元へ運んでくれた。

「全部食え。」

「はい。」

甘い雰囲気に酔ったように、私は口を開け、ミシェル様はその都度すりおろしリンゴを食べさせてくれる。

(今なら、セルジオのことをお願いできるかも。)

最後のひと匙を口に含んだ私は、とろけた想いのままミシェル様を見つめた。

「ミシェル様。セルジオを…」

言いかけた瞬間、ミシェル様の表情が凍りつく。

(…え?)

一瞬にして冷えた雰囲気に、私の胸が嫌な音を立てた。

ミシェル様は私から目を逸らすと、スプーンを置いて席を立つ。

(…地雷を踏んだかも…?)

気づいたときには、もう遅かった。