完全なる破壊
この物語はフィクションであり、登場する人物、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。
髪の毛
「最近の社会現象で一番気になるのは、完成したばかりの建物が急に壊れるという現象が多発しているということですね」
テレビをつけると、情報番組をやっているいつもの朝の目覚めの時間、メインキャスターの言葉だった。十年前にはアイドルとして一世を風靡した時期があったその人は、今ではすっかり朝の顔である。ネクタイを締めたその姿はさまになっていて、最初にキャスターを始めた頃のぎこちなさは、すでになくなっていた。
「アイドルがキャスターをする時代なんだ」
と思っていたのは、かなり昔のこと、今ではアイドルグループの女の子が気象予報士の資格を取って、毎日の天気を伝えている時代だ。
それすらも、すでに過去の話になってきている。時代の流れは自分が思っているよりもかなり早い。それだけ感じている毎日があっという間だということになるのだろうが、年を取ってきた証拠だともいえるだろう。
川村マミ、三十三歳。結婚適齢期を過ぎてしまい、もう結婚願望もなくなってしまったことで、毎日があっという間に過ぎるようになっていた。
――漠然とした毎日――
それが今は一番幸せを感じる。
毎日を平凡に過ごせればいい、それは、
――平凡に暮らすことが本当は一番難しい――
という思いに至ったからだ。
二十歳代には、
「三十歳までには結婚して、三十五歳までに三人の子供を作って、四十五歳になった頃には子育ても終わり、自分の趣味を何か持って、自分の人生を生きていくんだ」
と勝手に人生設計を立てていた。
短大を卒業するまでは、将来について何も考えていなかった。結婚願望があったわけでもなく、仕事にしても何かをやりたいという思いもなかった。
ただ、無難に就職して、仕事を適当にしているうちに、誰か恋愛できる人に出会うだろうという思いくらいしかなかったのだ。
実際に就職した会社も、地元の中小企業の事務員だった。社員数も数十人程度のもので、地元ではそれなりに名前が通っていたので、就職先としては文句のないところだった。実際に仕事も大変というわけでもなく、毎日定時には帰ることができる。事務員は自分が入社した時には、三十歳の「お局様」が一人いるだけだった。
二十歳のマミから見ると三十歳というのは、かなり遠い存在だった。先輩でも三つ上くらいまでを想像していたので、最初から距離を置いて見るくせがついてしまっていた。何かを言われるとどうしても逃げ腰になってしまい、自分が悪くなくても小言を言われるごとに、
――私が悪いんだわ――
という思いに駆られていた。
しかし落ち着いて考えると、自分が悪いわけではない。そのことに気付くと、最初に自分が悪いと認めてしまった自分に対してのジレンマがあり、それがストレスになってたまっていった。
そんなストレスを解消するためのすべを持ち合わせていないマミは、自分の殻に閉じこもってしまっていた。同僚とまではいかなくても少しでも年齢の近い先輩がいれば話をすることもできるのだが、そんな相手もいない。ますます自分の殻が結界のように固まってしまうのを、どうすることもできずにいた。
それでも、何とか最初の一年をやり過ごすと、次の年には後輩の女の子が入ってきた。
彼女は、素直で男性社員からも人気があり、仕事覚えも早いことで、マミとはうまくできそうだった。
しかし、「お局様」からは好かれることはなかった。何事もそつなくこなしてしまうのことは、「お局様」の機嫌を損ねたようだった。マミに対してのように文句を言うわけにはいかず、自分のストレスの発散ができずに苛立っているのが感じられた。
――どうして私にそのストレスをぶつけないんだろう?
マミは、その方がありがたいのに、今までのように「お局様風」を発揮してこないことを気持ち悪く感じていた。そのうちに彼女は会社を辞めてしまった。あれだけ圧倒的な存在感のあった人が、辞める時には、まるで蝋燭の火が消えるかのように、静かに辞めていったのだ。
辞めていってからというもの、お局様のウワサをする人は誰もいなくなった。まるで最初からいなかったかのように、会社の業務も、仕事場の雰囲気も自然に流れていく。
――私が辞めることがあっても、こんな感じなのかしら――
と思うと複雑な感じがした。
――別にそれでいいじゃない。仕事場というだけで、ここが生活のすべてではないわけだし、いなくなってからウワサされなくても、自分がそのことを知る由もないわけなんで、気にすることもないんだわ――
と考えた。
それから、後輩の女の子と自分との二人は、しばらくはうまくやっていた。男性社員からもそれぞれのファンがいるようで、マミもまんざらでもなかった。
――やっぱり、同年代の女の子が同僚にいるということはありがたいんだわ――
と思うと、自分が入ってくるまで、数年間お局様が一人だったということを聞いていたので、お局様がどんな気持ちで仕事をしていたのかということを、想像してみようという気になっていたことに気がついた。
しかし、実際にそんな状況に自分がなっているわけではないので、想像も限界がある。最初から、
――想像の域を出ない――
と思っているので、想像することが結局、堂々巡りを繰り返してしまうしかないということに気がついた。
一人で辞めていったお局様を思い出すと、その心境には彼女の、
――潔さ――
を最初に感じることができる。
潔さを感じてしまうと、それ以上の感情が浮かんでこない。
――潔さというのは、最終結論だったんだ――
と思うと、最初にどうして潔さを感じたのかが不思議だった。
しかし、いろいろ考えてみたが、
――結局は、あの人は何においても、一言で表すことのできる人なんだ――
という結論に至った。
それが潔さということに違いないのであって、何をどう考えても、潔さは最終的に堂々巡りを繰り返すだけの言葉でしかないということであった。
三年ほど、二人の事務員で回してきた。すると急に、
「私、辞めることにしたの」
と、後輩の女の子が口にした。
あまりにもいきなりの言葉にあっけに取られてしまったマミは、
「えっ、どういうことなの?」
「私、今度結婚することにしたの」
と言った。
彼女は、話をしている時は、結婚に対してさほど興味のないようなことを言っていたが、話を聞いているうちに、
――結構願望、結構あるんじゃないかしら?
と感じるようになっていった。
しかし、彼女は仕事が終わっても、結構マミと一緒に食事をしたり、呑みにいくことが多かったので、誰かと出会う機会などないと思って、たかをくくっていた。別に彼女に先に結婚されても気にすることはないと思っていたはずなのに、どうしてビックリしたのだろう?
――そうか、いきなり言われたからだ――
そんなことにもすぐには気付かなかった。
話を聞いてみると、結婚相手は最近知り合った相手ではないという。学生時代から付き合っていた相手で、ある意味、
「長すぎた春」
髪の毛
「最近の社会現象で一番気になるのは、完成したばかりの建物が急に壊れるという現象が多発しているということですね」
テレビをつけると、情報番組をやっているいつもの朝の目覚めの時間、メインキャスターの言葉だった。十年前にはアイドルとして一世を風靡した時期があったその人は、今ではすっかり朝の顔である。ネクタイを締めたその姿はさまになっていて、最初にキャスターを始めた頃のぎこちなさは、すでになくなっていた。
「アイドルがキャスターをする時代なんだ」
と思っていたのは、かなり昔のこと、今ではアイドルグループの女の子が気象予報士の資格を取って、毎日の天気を伝えている時代だ。
それすらも、すでに過去の話になってきている。時代の流れは自分が思っているよりもかなり早い。それだけ感じている毎日があっという間だということになるのだろうが、年を取ってきた証拠だともいえるだろう。
川村マミ、三十三歳。結婚適齢期を過ぎてしまい、もう結婚願望もなくなってしまったことで、毎日があっという間に過ぎるようになっていた。
――漠然とした毎日――
それが今は一番幸せを感じる。
毎日を平凡に過ごせればいい、それは、
――平凡に暮らすことが本当は一番難しい――
という思いに至ったからだ。
二十歳代には、
「三十歳までには結婚して、三十五歳までに三人の子供を作って、四十五歳になった頃には子育ても終わり、自分の趣味を何か持って、自分の人生を生きていくんだ」
と勝手に人生設計を立てていた。
短大を卒業するまでは、将来について何も考えていなかった。結婚願望があったわけでもなく、仕事にしても何かをやりたいという思いもなかった。
ただ、無難に就職して、仕事を適当にしているうちに、誰か恋愛できる人に出会うだろうという思いくらいしかなかったのだ。
実際に就職した会社も、地元の中小企業の事務員だった。社員数も数十人程度のもので、地元ではそれなりに名前が通っていたので、就職先としては文句のないところだった。実際に仕事も大変というわけでもなく、毎日定時には帰ることができる。事務員は自分が入社した時には、三十歳の「お局様」が一人いるだけだった。
二十歳のマミから見ると三十歳というのは、かなり遠い存在だった。先輩でも三つ上くらいまでを想像していたので、最初から距離を置いて見るくせがついてしまっていた。何かを言われるとどうしても逃げ腰になってしまい、自分が悪くなくても小言を言われるごとに、
――私が悪いんだわ――
という思いに駆られていた。
しかし落ち着いて考えると、自分が悪いわけではない。そのことに気付くと、最初に自分が悪いと認めてしまった自分に対してのジレンマがあり、それがストレスになってたまっていった。
そんなストレスを解消するためのすべを持ち合わせていないマミは、自分の殻に閉じこもってしまっていた。同僚とまではいかなくても少しでも年齢の近い先輩がいれば話をすることもできるのだが、そんな相手もいない。ますます自分の殻が結界のように固まってしまうのを、どうすることもできずにいた。
それでも、何とか最初の一年をやり過ごすと、次の年には後輩の女の子が入ってきた。
彼女は、素直で男性社員からも人気があり、仕事覚えも早いことで、マミとはうまくできそうだった。
しかし、「お局様」からは好かれることはなかった。何事もそつなくこなしてしまうのことは、「お局様」の機嫌を損ねたようだった。マミに対してのように文句を言うわけにはいかず、自分のストレスの発散ができずに苛立っているのが感じられた。
――どうして私にそのストレスをぶつけないんだろう?
マミは、その方がありがたいのに、今までのように「お局様風」を発揮してこないことを気持ち悪く感じていた。そのうちに彼女は会社を辞めてしまった。あれだけ圧倒的な存在感のあった人が、辞める時には、まるで蝋燭の火が消えるかのように、静かに辞めていったのだ。
辞めていってからというもの、お局様のウワサをする人は誰もいなくなった。まるで最初からいなかったかのように、会社の業務も、仕事場の雰囲気も自然に流れていく。
――私が辞めることがあっても、こんな感じなのかしら――
と思うと複雑な感じがした。
――別にそれでいいじゃない。仕事場というだけで、ここが生活のすべてではないわけだし、いなくなってからウワサされなくても、自分がそのことを知る由もないわけなんで、気にすることもないんだわ――
と考えた。
それから、後輩の女の子と自分との二人は、しばらくはうまくやっていた。男性社員からもそれぞれのファンがいるようで、マミもまんざらでもなかった。
――やっぱり、同年代の女の子が同僚にいるということはありがたいんだわ――
と思うと、自分が入ってくるまで、数年間お局様が一人だったということを聞いていたので、お局様がどんな気持ちで仕事をしていたのかということを、想像してみようという気になっていたことに気がついた。
しかし、実際にそんな状況に自分がなっているわけではないので、想像も限界がある。最初から、
――想像の域を出ない――
と思っているので、想像することが結局、堂々巡りを繰り返してしまうしかないということに気がついた。
一人で辞めていったお局様を思い出すと、その心境には彼女の、
――潔さ――
を最初に感じることができる。
潔さを感じてしまうと、それ以上の感情が浮かんでこない。
――潔さというのは、最終結論だったんだ――
と思うと、最初にどうして潔さを感じたのかが不思議だった。
しかし、いろいろ考えてみたが、
――結局は、あの人は何においても、一言で表すことのできる人なんだ――
という結論に至った。
それが潔さということに違いないのであって、何をどう考えても、潔さは最終的に堂々巡りを繰り返すだけの言葉でしかないということであった。
三年ほど、二人の事務員で回してきた。すると急に、
「私、辞めることにしたの」
と、後輩の女の子が口にした。
あまりにもいきなりの言葉にあっけに取られてしまったマミは、
「えっ、どういうことなの?」
「私、今度結婚することにしたの」
と言った。
彼女は、話をしている時は、結婚に対してさほど興味のないようなことを言っていたが、話を聞いているうちに、
――結構願望、結構あるんじゃないかしら?
と感じるようになっていった。
しかし、彼女は仕事が終わっても、結構マミと一緒に食事をしたり、呑みにいくことが多かったので、誰かと出会う機会などないと思って、たかをくくっていた。別に彼女に先に結婚されても気にすることはないと思っていたはずなのに、どうしてビックリしたのだろう?
――そうか、いきなり言われたからだ――
そんなことにもすぐには気付かなかった。
話を聞いてみると、結婚相手は最近知り合った相手ではないという。学生時代から付き合っていた相手で、ある意味、
「長すぎた春」