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「入り口のドアを開けたらさ、白衣着たおっさんが腕組みして椅子に座ってて待ち構えてるんだよ。ギロってにらまれてさ、思わず、『ヒャッ!』 って声出しちゃったよ」
「びびりだなあ」
 そんなんで実際に死体見つけちゃたらどうするんだろうか。
「誰だってそうなるって、あの状況じゃ」
 武は反論した。
「でもさ、その後がすごいんだ。おっさんが急に立ち上がって、俺を指さして叫んだんだ。『肝臓!』って」
「か、、、かんぞう?」
「そう、レバーの肝臓。俺の身体の悪いところを即座に見抜いたんだよ!」
 武の口の中に、チョコレートが運ばれていく。毎週のことで見飽きた光景だが、武がパフェを食べる姿は味があってなかなかいい。本当に美味しそうに食べるから。
 武とは大学に入学してすぐに仲良くなった。お互い地方から上京してきて、右も左もわからぬ田舎者だったから馬が合った、というのもあるが、大学の歓迎コンパで知り合い、そこで話すうちに、中学、高校とバスケ部だったこと、住んでいるアパートが近いこと、好きな女性芸能人が一緒なこと、好きな女性の仕草が一緒なこと、昔ハマったゲームが一緒なこと、などで一気に仲良くなった。そういえば、お互い合コンで彼女が出来た、という共通点もあった。違いと言えば、武は筋骨隆々で猪突猛進、僕は痩せ型で慎重派ってところだろうか。
「本当に肝臓が悪かったの?」
「ほら、大学でやった健康診断の結果が来ていただろ? 俺さあ、肝臓の数値がめっちゃひどかったんだよ」
「そんなに酒飲みだったっけ? そもそもやっと成人したばかりだよ、うちら」
「拓也は本当にお堅いねえ。酒なんて高校生の時から飲んでるよ普通」
 普通の基準は人それぞれである。
「別に酒だけじゃなくて、体質的なものだったり、食習慣だったり、生活スタイルだったり、ストレスだったり、いろんな要素が絡み合って肝臓は悪くなるんだって」 
 武が僕の食べている花林糖を一つつまんだ。「悪いね。彼女の癖がうつっちゃってさ」とか言いながら。
 ちなみに、花林糖と緑茶がここでの僕の定番メニューだ。花林糖は、近くの老舗の和菓子店から取り寄せているものだが、これがとても美味しい。黒砂糖ではなく、飴状に煮詰められた白砂糖でコーティングされたこの花林糖は、宝石のようにぴかぴか光っていて、目にしているだけで満足な気持ちになる。ほどよい固さの噛み心地のあとに、じわっと口の中で広がる甘みがなんとも言えない。
「であるならさ、肝臓って、程度の違いはあれ、みんなどっか悪いんじゃないの?」
 僕は冷静に突っ込みを入れた。
「まあ、そう思うよな。でもな、まだ続きがあるんだよ。『肝臓!』って叫んだ後に、その先生は続いて『1K』って叫んだんだよ。」
「わん……けい?」
「なんだと思う?」
「テレビの画質?」
「違う」
「ロンドンにある世界一接客の悪いレストラン?」
「なんだよ、そこ。逆に行ってみたいよ。おまえ、たまにちょこちょこ雑学っぽいのはさんでくるよね?」
「世界一というのは言い過ぎた。改善されたらしい、最近」
「そうか、いや、もういいんだよ、そのネタは。答えはな、俺の部屋の間取りだよ」
「部屋の間取り?」
「でも、それ以外考えられないじゃん。なんで俺の部屋の間取りがわかるのか聞いたらさ、『俺には千里眼がある』なんて言うんだよ」
「自分から言っちゃったの?」
「そうなんだよ。白状したんだよ。千里眼って本当のことだったんだよ!」
 武は大興奮である。
「本当ならびっくりだけどさ、大学生の部屋ってだいたい1Kなんじゃないのか? 僕もだし。さっきの肝臓といい、当たりそうな広範なことしゃべってるような気がするんだけど」
「いやいや、部屋の間取りまで当てるってあり得なくない? こっちはもうお手上げよ」
 武は心底感服していた。
「で?」
「で、って?」
「その後は、なんかあったの?」
「いや、その後は普通にマッサージ。肝臓に効くツボってやつをグリグリ押されて、すっきりして終わり」
「終わり?」
「そう、これがまた気持ちよくてさ。適度に痛くて効いてるぅって感じがするわけよ。おかげで次の日の目覚めがすっきりで」
「肝臓は? なんかいい感じ?」
「うん、なんかいい感じ」
「あ、そ」
「でだ」
 ただならぬ気配を察して、僕は花林糖に伸ばした手を止めた。
「そこ行ってきてよ」
「へ? 僕が? なんでまた。いいよ、そんなネタは聞くだけでお腹いっぱいだから」
「違うんだよ。冷静に考えてさ、千里眼持っている人から、俺の身体の悪い箇所と部屋の間取りだけ聞いて帰ってくるなんてもったいないじゃんか。もっとこう大きなテーマとか重要な課題とかさ、そんなことを聞けばよかったなあと」
 そう言われるとそんな感じがする。
「だからさ、拓也が行って、俺と俺の彼女の今後について聞いて欲しいんだよ」
 聞くテーマが小さい感じがするが。
「そんなことなら武が行けばいいじゃん。僕にはなんの関係もないわけだしさ」
「拓也だからなの! 俺だって、大堀マッサージ店から帰ってきて、いろいろ調べたんだよ。コールドリーディングとか占い師の手法とか」
「なんだよ、千里眼信じてるんじゃなかったのかよ」
「信じているよ。だけど、いちゃもんなんて後からいろいろ付けられるだろ。だから、後々疑われないように、まるで関係のない拓也が行くことでニュートラルな千里眼を期待できるってわけさ」
 僕はいつも通り、どうとでも取れそうな曖昧な返事をして話題をかわそうとしたが、武は財布から二千円取り出して僕のほうに置いた。二千円札かよ、しかも。
「先に払っとくから、なるべく早めに行って教えてくれ。頼む」
 そう言う武の真剣な顔を見て、僕はため息をつきながら渋々了承した。武は満足そうに頷くと、続けて彼女について語りだした。
 いわく、人生で初めての彼女なので大切にしたい、仕草がかわいいので写真を撮って毎日眺めたい、ほんとは毎日会えればいいんだけどなかなか会えない、急に怒り出すことがあるけれどそれも個性、怒ると長引く、なんて感じだ。止めなければ永遠に語っていただろう。
「あ、そうだ。こないだ桜を見に行ったんだけどさ」
 武が言った。桜、という言葉にどきりとした。
「そうなの? どこ?」
「堤川のところ。川沿いできれいじゃん」
 あそこか。僕は平静を装った。
「いつ行ったの?」
「土曜日だよ」
「え、そうなの?」
 同じ日でドキリとする。
「そう、2時頃だったかな。太陽さんさんで気持ちよかったなあ」
「一人で行ったの?」
「そう。バイト前に寄ってみたんだよ。満開の桜の下を散歩していたら、思いの外気分が良くなっちゃって。気づいたらバイトに遅れそうになっちゃって」
 武はそう言って、僕の花林糖をもう一つ、つまんだ。

3.
「フルーツパンケーキとアップルシナモンパンケーキをください。飲み物はブラックコーヒーとカフェオレを」
 僕は駅前に新しく出来たというカフェに彼女といた。ハワイで有名なパンケーキ店が出店したとかで、入店するまで1時間ほど待たされるほどの大盛況ぶりだった。みんなおいしそうにパンケーキを頬張っている。生クリームがたっぷりのっていて、見るからに美味そうである。
作品名:切り札 作家名:青岳維鈴