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短編集29(過去作品)

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 ひょっとして後ろを振り返ったことで、潜在意識の中にあるイメージが瞬時によみがえり、そこにいるのが裕子であることを知らせてくれているのかも知れない。そう考えると香りがしたのは気のせいで、後ろを振り返ったことで香りを感じたように思えたとしても不思議ではない。だが、確かに香りを感じたように思えて仕方がないのだ。
 夢では香りを感じない。祐子自身が自分で感じることのできない香りを私だけが感じているのは、まるで夢の中で起こることを暗示しているようだ。潜在意識を夢が現実に与えることがあってもいいように思う。
 夢の中で会話はなかった。
 後姿を垣間見ただけで、祐子は私に気付かない。追いかけようとしても金縛りにあったようで、前に進めず、距離はどんどん遠のいていく。遠のいていく姿に歩いている雰囲気を感じることができず、まるで浮遊しているようだ。
 私は結局、祐子と付き合っていたのだが、後から思えば本当に付き合っていたのか不思議に思えてくる。
 別れも自然消滅的であったし、祐子と身体を重ねることもなかった。あれほど祐子に陶酔しているように感じていたにもかかわらず、気がつけば冷めていた。少なくとも、香りを感じることができなくなった時から、祐子は私の意識から遠いところに行ってしまったようだ。
――熱しやすく、冷めやすい――
 と感じているが、友達からは、
――来る者は拒まず、去る者は追わず――
 だと言われた。まさしくその通りだ。
 私が感じた雰囲気と少しでも違う素振りが目立ち始めると、私の中で急激に冷めてくる。祐子にもそれを感じたに違いない。香りを感じられなくなったら、祐子は私の中での祐子ではなくなってしまうのだ。あれだけ愛していると思っていた相手であったにも関わらずである。
――香りがすべてだったのだろうか――
 と思えるほど、祐子に感じた思いを忘れてしまった。祐子と過ごした時間を思い出にすることが辛いと思っているわりには、意外と冷めているのだ。
 身体を重ねなかったことで、ある意味ホッとしている。もし重ねた後なら、情が移ってしまって、情と本能の間でのジレンマに苦しんでいたかも知れないからだ。そこまで考えてくると、香りを感じたことが私にとって、何か意味のあることではなかったかと思えてならないのだ。
――前から知り合いだったように思う――
 この気持ちだけは別れてからも変わらなかった。そうであるならば、またどこかで会えるのではないかという淡い期待のようなものを感じることができる。
 冷めて考えられるのも、その思いがあるからではないだろうか。そう感じるからこそ、別れという辛さがないのだ。祐子と今度出会った時はお互いにどんな人生を歩んでいるのだろう。楽しみである。
 北野と偶然再会したのは、いつだっただろう?
 やつは私を一目見て、変わっていないと言った。だが、確かに変わっていないかも知れないが、彼の知らない部分も大いにあると思っている。私も彼に対して同じ思いがあり、きっと私の想像も及ばない実態が彼にもあるように思えた。
 学生時代からそうであったが、北野には何でも話せた。というよりも、彼が私の心の奥を見抜くので、話したくてウズウズしていることがある時は、彼の方から、話しやすい環境に持っていってくれた。今回も、私が恥ずかしくて誰にも言えないことをズバリと指摘してきたので驚いたが、正直嬉しかった。
「柏木くん、君はどうやら欲求不満のようだね?」
「分かるかい?」
「ああ、実は僕もなんだよ。最近は仕事が忙しいせいもあって、いや、それって言い訳かな?」
 言っている意味が分からなかったが、北野を見ていると欲求不満なのが分かってきた。確かに目が血走って見える。疲れているのに何とか緊張感で気持ちの張りを持続させようという努力、そんなものを感じるのだった。
 私が付き合っていた女性と別れてすぐのことだったので、本当であれば少し感傷に浸っていたかも知れない。しかし身体は正直なのだということを北野と出会うことで思い知らされた。
 付き合っていた女性のことを思い出すより、北野と出会ったことで学生時代を思い出す。忘れかけていた祐子への思いがよみがえってきたといっても過言ではない。
 付き合っていた女性の思い出が自分の中から消えてしまったようにも感じたが、仄かな香りだけは覚えている。それは祐子に感じた香りとも違う独特のものだった。
――私だから感じることができた香りなのだ――
 と信じて疑わなかった。
 私が女性と付き合うのは、いつも中途半端だ。その時々で忘れてしまうことも多く、中には付き合っていたと言えるかどうか分からない女性もいた。合コンで出会って、一度だけ二人で食事をした相手というのもいたが、すっかり記憶の中から消えてしまっていた。きっとその女性に香りを感じなかったからだろう。
 香りを感じたのは今までに二人だけだったのだ。
 北野は私を風俗に連れていってくれた。
「ここなら後腐れもなく、その時の欲望だけを発散させることができるぞ」
――まさか、北野が風俗になんて――
 私はビックリしながらもついていく。だが、実際に入ってみると、私の考えが偏見だけだったのが分かった。
 行為そのものよりも、途中の会話が新鮮なのだ。今まで付き合ってきた女性とは、大人の会話ができる相手で新鮮ではあったが、風俗嬢との会話はさらに新鮮だった。思わず身体に走った緊張を解きほぐしてくれようとする優しさに触れることで、それまでの欲求不満が一気に解消される気がしてくるのだ。
「お客さんの中には、何もせずに、会話だけで帰っていく人もいるのよ」
 と彼女は話してくれたが、その気持ち、まんざら分からないでもない。お金もかかるので、なかなか会うことができない存在の女性、それだけ短い時間を有意義に過ごそうと考えるのだろう。
 彼女には香りを感じた。
――誰の香り? そうだ、祐子の香りだ――
 頭の中に祐子が浮かんできた。しかし、顔を思い浮かべることができない。
「君とはずっと昔知り合いだったような気がする」
 祐子の香りを思い出しながら呟いた。
「ありがとう、嬉しいわ。でも、ここで、この時間だけあなたの思い出の人になってあげるわね」
 そういって気持ちを預けてくれたのは嬉しかった。欲求不満もなくなったように感じ、今まで見えなかったことも見えてきたように思う。
「あなたは、本当は素直なのに、損をするタイプに見えるわ」
「どういう意味だい?」
「人に気持ちを任せることが苦手なのかしら? それともよほど信用できる人がまわりにいないのかしら?」
「そんなことはないと思うんだけど、孤独に見えるのかい?」
「そうね、孤独というよりも、絶えず誰かを追い求めていないかしら?」
「そうかも知れないね。でも、それが誰だかハッキリしないんだ」
「それでいいのかも知れないわ。でも、あなたは、自分に自信を持てる人に見えるので、きっと見つかると思うわ」
「自信過剰なところがあってね。それで失敗してきたこともあったよ」
 学生時代を思い出していた。いじめの原因が自信過剰にあったことで、自分が苦しんでいた時のことである。
作品名:短編集29(過去作品) 作家名:森本晃次