きらら
3
タクシーで駅に向かいながら、保坂はキララが星が好きだと言った言葉から、教え子の船戸光恵を思い出していた。キララと光恵は似たところがなかった。ただ星が好きと言うことが共通点だった。保坂が1度だけ送り出した卒業生だった。あれから25年が過ぎた。彼女たちは43歳になっている。キララの正確な年齢は分からないが、見た目は大差がないように保坂は感じていた。保坂はもう1度キララに会いたいと思った。
マグカップの入った紙袋の中に3万円を入れた。駅に着いたとき
「これを先ほどのクラブのキララさんに渡してください」
と運転手に頼んだ。タクシー代のほかに5000円を渡した。
「織姫さんのキララさんですね」
運転手はチップの金額に満足したのか、機嫌がよかった。
それから4日後にK画廊から、朝の目覚めが届いたと電話が入った。
保坂はクラブにも寄りたかった都合で、午後の6時ごろに行くと伝えた。絵を持ち帰るので、車で行くことにした。保坂が画廊に着いたのは5時30分くらいであった。
リトグラフは額装されていた。1メートル以上の大きさである。この絵を車に入れたままでは、飲むことはできない。保坂はクラブに行くことをやめるつもりになった。クラブに行ってキララさんに一目会えば気が済むとも考えた。時間待ちのつもりで、展示室に入ると、和服姿の女性がいた。結城紬だろうか、地味な色合いながら、女性の体は引き締まって見えた。保坂の気配を感じたのか、女性は視線を変えた。その横顔はキララであった。
「キララさんでしょう」
「お待ちしていました」
「なぜ?」
「マグカップだけでしたらいただけたのに、お金が入ってました」
「あれは、値引き分ですよ」
「それでしたらママに返すべきだわ」
「キララさんと星を見たから、その気持ちです」
「キララさんの本名は無理ですか」
「ごめんなさいね。源氏名でお付き合いしたいです。どのお客様ともそうですから」
「ぼくは教師をしてました。その教え子の中で、星の好きな生徒がいたんです。同窓会にも顔を見せないし、ちょと気になっていたのです」
「その生徒さんが私?」
「そうじゃないのかな」
「そうじゃないでしょう」
「年齢は43歳なんです」
「女は本当の年を教えませんわ」
「詮索してごめんなさいね」
「マグカップは頂きますが、3万円はお返しします」
「1度渡したものは受け取れないですから」
「そうですか、カラオケで使いましょう」
「そうですね。今日は車ですから、楽しめますね」
画廊の駐車場を借り、タクシーでカラオケ店に向かった。
キララは保坂に体を寄せながら歌った。その、キララの香水が保坂を誘惑した。
「キララさんは結婚は」
「しています」
「では、誘惑されても、ホテルには行けませんね」
「ホテルで何をなさりたいの」
「男と女ですから」
「ただそれだけ」
「ぼくも既婚者ですから」
「それではお断りしたいわ。お星さまを見るのでしたらお付き合いしたいわ。一晩中でも・・・」
「そうでしたか、いつの日か、キララさんと星を見ましょう」
翌日、保坂は朝の目覚めを壁に飾った。くの字に体をくねらせた優しいまなざしの女性はキララのように見えた。ただ、思い出せない、船戸光恵とキララは保坂には同じではないかとの錯覚は残るばかりであった。