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①冷酷な夕焼けに溶かされて

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すると、猫が大興奮で腕の中から飛び出し、それを追いかけ始めた。

「つまり、男も女もいけるということだ。」

「そんなはずは…セルジオ本人が『男が好き』『初恋はヘリオス』だと…。」

「それは…どちらの『ヘリオス』だ?」

(…え?)

冷ややかに微笑む夕焼け色の瞳と視線が交わった時、ミシェル様が猫じゃらしを振る手を止める。

すると猫が抗議するように、ミシェル様に爪を立てた。

「痛っ!」

小さな声をあげたミシェル様に、私は慌てて駆け寄る。

「すぐに消毒を…!」

血の滲んだ指を掴むと、私は廊下にいるだろうセルジオを呼ぼうと息を吸い込んだ。

「舐めろ。」

ミシェル様の冷たい声が、私の動きを止める。

「…え?」

戸惑いながらミシェル様を見上げると、真剣な視線とぶつかった。

「おまえ自身で消毒しろ。」

「…。」

なぜ、そんなことを言われるのか理解できない。

けれど、その口調とは裏腹に、脅しや命令などではなく…なんだか懇願されているようだった。

私はそっとミシェル様の手を引き寄せると、血の滲んだ指を口に含む。

微かに口内に広がる、独特な鉄の香りと味。

剣の鍛練や戦場に出た時に、よく味わった懐かしい香りと味。

けれど、なんだか妙に甘く感じた。

私は丁寧に傷を舐めながら、ちらりとミシェル様を上目遣いに見上げる。

すると、熱を帯びたミシェル様の視線と交わった。

その瞬間、私の口から指が引き抜かれ、代わりにミシェル様の唇で塞がれる。

「っん!」

思わず抵抗すると、一瞬重なっただけの唇はすぐに離れた。

「なっ…」

触れられた唇を手で覆いながら、戸惑ったままミシェル様を見上げる。。

けれど、そこにはなぜか私より戸惑った表情のミシェル様がいた。

ミシェル様は苦しげに顔を歪ませると、そのまま身を翻して奥の部屋へと姿を消した。

「…。」

突然の出来事に…いきなり奪われた初めての口づけに…私は腰を抜かしたようにその場に崩れ落ちる。

「…意思に反して…純潔を奪わないって言ったのに…。」

私の両瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

(母が亡くなっても、父王が目の前で処刑されても、祖国を奪われても、淫らな行為を見せられても泣かずにいたのに…。)

私は口元を両手で押さえると、なんとか涙を止めようと歯を食いしばる。

そして、唇を手の甲でごしごしと拭った。

拭っても拭っても、ミシェル様の唇の感触が取れない。

そのうち手の甲の皮も唇の皮も剥け、ひりつき始めた。

それはまるで心もひりついているようで、私は唇をぐっと噛みしめる。

歯が唇に刺さり、血が溢れた。

痛みと共に口の中に広がる鉄の香りと味は、慣れたものだった。

(でも…甘くない…。)

どうやっても忘れられない、ミシェル様の痕跡。

甘くない鉄を感じながら、私は甘えていたことに気づく。

(夜伽に呼ばれたのに…。)

口づけ程度…。

それ以上のことはされていない…。

別に純潔を汚されたわけじゃない…。

そう言い聞かせてみるけれど、なぜか心を蹂躙されたような、凌辱されたような気持ちになり、受け入れがたい。

自らを厳しく諌める心と、純粋な女性としての心の狭間で葛藤していると、膝にやわらかな重みを感じる。

「にゃお。」

いつの間にか猫が膝に乗り、ミシェル様が作ってくださった首飾りを手でつついていた。

「…ペーシュ。」

(なにが『勝手にいつも部屋にいるだけ』よ。)

(しっかり名前までつけているじゃない。)

不器用なミシェル様の愛情表情を思い出した瞬間、ペーシュの猫パンチでレンゲソウが散る。

私は慌ててペーシュを抱き上げて、目と目を合わせた。

「だめ!これはミシェル様に頂いた大切なものなのだから。」

「にゃん!」

まるでいじけるように腕の中で暴れるペーシュを、私は優しく抱き直して撫でる。

赤ちゃんをあやすようにゆっくり揺らしながら、レンゲソウの歌を歌うと、ペーシュはじっと聞き入った。

そのうち大きな瞳はゆっくりと閉じられ、腕の中で眠ってしまう。

「ふふ。かわいい。」

すやすやと眠るペーシュを抱いて、辺りをぐるりと見回した。

けれど、あれからずいぶん時が経ったはずなのに、ミシェル様はどこかへ行かれてしまったまま戻らない。

「ごめんなさい…ミシェル様…。」

小さな声で謝ると、ペーシュをミシェル様のベッドに寝かせ、私もそこにもたれかかる。

ペーシュの穏やかな寝顔を眺めているうちに、じょじょに私の瞼も重くなり、そのまま優しい眠りに落ちていった。