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①冷酷な夕焼けに溶かされて

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悋気


「今夜も…ですか?」

(誘いに乗らない、っておっしゃってたのに…。)

夜伽に呼ばれ、私は首飾りを作ろうとしていた手を止める。

「ご準備をお願い致します。」

迎えに来たルイーズを見て、私の背筋がぞくりとふるえた。

(また…見せられるのかしら…。)

青ざめる私をよそに、ララが大喜びする。

「まぁ!さすがルーナ様ですわ!!またまた前代未聞の快挙でございますよ!」

言いながら手早く私からレンゲソウと籠を取り上げると、床へ置いた。

「今から急いで仕上げますので、少々お待ちくださいませ。」

ララの言葉に頷いて、ルイーズが部屋から出て行く。

それから数分もかからずに、私は夜伽の服に着替えさせられ、寝化粧も施されていた。

「お待たせ致しました。」

ララが扉を開けると、ルイーズが部屋に入りながら凛とした口調で告げる。

「これから明日の朝まで、私がお側につく。おまえ達はもう下がって休んで良い。」

思いがけず早く仕事の終了を迎えたララは、喜びを隠さない笑顔でルイーズに頭を下げた。

「ありがとうございます!ではルーナ様をよろしくお願い致します!」

そしてくるりと私をふり返ると、そっと私の耳に一輪、レンゲソウを差してくれる。

「では、お先に失礼致します。」

部屋からララたち奴隷が出て行ったのを確認して、ルイーズが銀の剣を私に差し出す。

「完成した。」

小さな声で囁かれ、私はハッとした。

慌ててその剣を受け取ると、ララが箱に納めた銀の剣と中身を交換する。

交換しながら、きちんと望み通りになっているか確認した。

(ん。これで大丈夫。)

ホッと胸を撫で下ろしながら、私はルイーズに剣を返す。

「ありがとう、ル…セルジオ。」

初めてミシェル様に付けられた名前で呼ぶと、セルジオは驚きながらも嬉しそうにミルクチョコレート色の瞳を細めた。

「…今夜も、昨夜のような感じなのかしら。」

私がうつむきながら視線を逸らすと、セルジオが小さく息を吐く。

「それはわからない。…まず、同じ女を2日連続で呼ばれることが初めてだからな。」

私は床に置かれたレンゲソウの籠を見つめながら、ずっと気に掛かっていたことを訊ねた。

「セルジオは…いつからあのお役目を…?」

瞬時に頬が染まるセルジオに、質問を重ねる。

「辛くはないの?あんな辱しめ」

「あれは、辱しめではない。」

セルジオが固い声色で遮った。

「確かに…おまえに見られながらは…恥ずかしかった…。」

顔を真っ赤にしながら、セルジオは背を向ける。

「けれど、あれはミシェル様の優しさなんだ。」

「優しさ?」

首を傾げる私に背を向けたまま、セルジオが小さく頷いた。

「そう。ミシェル様は、姫君の気持ちを無視して純潔を奪いたくないんだ。けれど、後宮に入りながら手をつけられないことも、姫君にとっては恥となり傷をつけることになってしまう。ところが、当のミシェル様が女性に興味がないとなれば話は別だろう?」

「…ということは…ミシェル様は…。」

私が声をふるわせると、セルジオがゆっくりとふり返る。

「決して、本意ではいらっしゃらない。」

鼓動がどんどん激しくなり、私は息苦しさに胸元をぎゅっと掴んだ。

(あの行為は、セルジオよりもミシェル様の方がもしかしたら傷ついていらっしゃるのかも…。)

思い返せば、あの行為の後、ミシェル様はセルジオに水を汲んで渡していた。

まるで労るように、謝るように…。

私は無意識に、床に置いていた籠を掴む。

「…行きましょう。」

真っ直ぐにセルジオを見上げてそう告げると、セルジオが戸惑いながら頷いた。

廊下を歩きながら、まわりに聞こえないよう小さな声で更に訊ねる。

「それにしても、どうしてセルジオが…あのお役目に選ばれたのですか?」

すると、セルジオの頬が再び赤く染まった。

日に焼けた横顔は2年前より精悍になっているけれど、すぐに照れて赤くなるところは変わっていない。

「…私が、『そちら側』だからだ。」

「え?」

よく聞き取れず訊き返すと、セルジオが睨むように私を斜めに見下ろした。

「私自身が、男を好きなんだ!」

押し殺した声で怒ったように言われたその衝撃的な事実に、思わず驚きの声を上げそうになった私は、慌てて口元を手で隠す。

「うそ!?」

言いながらセルジオを見上げると、彼は耳まで真っ赤にしながらぷいっと横を向いた。

「こうなったら全て言ってしまうけれど…実は私の初恋は…ヘリオスだ。」

「!!」

(…私の初恋が…それに婚約までしていたのに…。)

親同士の口約束ながらトントン拍子に進んだ婚約話に、てっきり両想いだと思っていた私は初めて知る真実に衝撃を受ける。

ひとりよがりだったことが恥ずかしくて、全身から汗が吹き出した。

「我が国を滅ぼした直後に即位されたミシェル様は、後宮の女達のことで思い悩んでいらした。そこで、私がご提案申し上げたんだ。」

(…。)

どんどん出てくる事実に、思考が追い付かない。

ただただ、なんだかとても情けなくて、私はセルジオから顔を逸らすとうつむいた。

その様子にようやく気づいたセルジオも、顔を赤くしながら私から顔を背ける。

「…ごめん…。今言うべきでなかったな…。」

セルジオが大きな体を小さくするように謝った時、ちょうどミシェル様の私室前にたどり着いた。

「…。」

私とセルジオは、二人同時に深呼吸する。

気持ちを落ち着けようととった行動が同じだったことで、思わず顔を見合せぷっと吹き出した。

(なんだか色々衝撃を受けたけれど、おかげでもうミシェル様の事が恐ろしくなくなった。)

私がセルジオを見上げて微笑みながら頷くと、彼は驚いたように一瞬目を見開く。

けれど、セルジオもすぐに微笑みを返してくれた。

そして瞬時に表情を引き締め、扉をノックする。

「ルーナ様をお連れしました。」

「…入れ。」

低い声が聞こえると、セルジオが扉を開けた。

「失礼致します。」

一礼して部屋へ足を踏み入れるセルジオに続いて、私もルーチェ式の礼をする。

その時、足元に何かがふわりとまとわりついた。

驚きのあまり、思わず飛び退く。

「にゃー。」

すると可愛い鳴き声と共に、猫が再び私の足に体をこすりつけた。

「あなたは、レンゲソウ畑の…。」

私が抱き上げると、猫は喉をゴロゴロ鳴らしながら目を細める。

「ペーシュをご存知で?」

セルジオが私をふり返るのと、ミシェル様がこちらへ手を伸ばすのが同時だった。

「セルジオ。今宵は必要ない。」

言いながら私の腕の中から猫を抱き取るミシェル様に、セルジオは目を見開いて戸惑った表情を浮かべ私を一瞬見たけれど、すぐに頭を下げる。

「…っ…は。」

そう返す表情は寂しそうにも…悲しそうにも見えた。

セルジオはそれを隠すように頭を下げたまま、部屋を出る。

私の背中で静かに扉が閉まると、ミシェル様は猫を降ろした。

そして、毛糸玉を投げる。

すると、猫は嬉しそうにそれを追いかけて、続き部屋へ走って行った。

突然、密室にミシェル様と二人きりになり、私の心臓が跳ねる。