①冷酷な夕焼けに溶かされて
ミシェル様は猫を抱いたまま、片手で剣を腰の鞘に納める。
夕焼け色の瞳が、初めて優しく見えた。
吸い込まれるようにその瞳をジッと見つめると、やはり瞬時にやわらかさが消え熱が失われる。
ふいっと背を向けられたけれど、私は導かれるように立ち上がった。
そして無言のまま、すらりと高い後ろ姿を追いかける。
ミシェル様はレンゲソウ畑を踏むことなく、畦道を通った。
私が思わず安堵のため息を吐くと、ミシェル様が斜めにふり返る。
「ここで何をしていた。」
(なんだか、よく話し掛けてくれるな。)
私は少し戸惑いつつも、不思議とそれが嫌でなく、身構えることもなく笑顔で答えた。
「久しぶりに花冠を作ろうかと思いまして。」
言いながら畦道に腰を下ろすと、ミシェル様が不思議そうに首を傾げる。
「こんなもので、冠が作れるのか?」
「作られたこと、ございませんか?」
「…。」
見上げた私の視線と、こちらを見下ろす夕焼け色の瞳が真っ直ぐに絡んだ。
「物心ついてから、遊んだ記憶がない。」
ポツリと呟かれた言葉に、思わず息をのむ。
「…一度も?」
私を見下ろすミシェル様の表情が、少し寂しげに歪んだ。
「記憶にあるのは、帝王学の講義と武術の鍛練だけだ。」
その瞬間、私は思わずミシェル様の手を握る。
「っ。」
驚くミシェル様の手を、ぎゅっと握って引っ張った。
「馬鹿力!離せ!!」
「今から、遊びましょう。」
怒鳴り声にかぶせて言うと、ミシェル様はひゅっと息を吸う。
「簡単ですから。」
言いながら笑顔で手を離し、数輪のレンゲソウを掲げた。
「ここに爪で穴を開けて、こう通すんです。」
作り方を説明しながら手早く花冠を完成させると、ミシェル様の瞳が驚きに見開かれる。
「…。」
無言のまま見下ろすその表情は、興味津々といった様子で輝いているように見えた。
私は冠を自分の頭に乗せると、再びレンゲソウを摘む。
「今度は何だ。」
気がつくと、いつの間にかミシェル様が隣に腰掛けていた。
「指輪です。」
笑みを返しながら完成させ、その指輪をミシェル様の指につける。
「こうやってしめれば、ほらぴったりです。」
私が笑うと、ミシェル様はジッと指輪を見つめた。
無言で指輪を見つめる横顔を、夕日が赤く染めた。
夕日が当たっていない反対側の頬も赤く見えるのは、気のせいだろうか。
「…他にも、できるのか?」
ミシェル様は腕の中の猫を撫でながら、こちらを見ずに訊ねてきた。
「はい。あとはブーケや首飾りなど作れます。」
私が答えても、ミシェル様は猫を見つめたままこちらを見てくれない。
「…そうか…。」
伏せられた瞳から少しでも望みを読み取ろうと、私は下から覗き込むように見つめた。
「お教えしますので、ご一緒に作ってみませんか?」
腕の中の猫は、いつの間にか眠ってしまっている。
ミシェル様はおもむろにマントを外すと丁寧に折ってあぐらの間に置き、そこにそっと猫を寝かせた。
(やはり、すごく大事にされてる。)
ミシェル様の不器用な優しさに、私の鼓動が小さく高鳴る。
「ブーケと首飾り、どちらがよろしいですか?」
私が訊ねると、ミシェル様は照れくさそうに目を逸らしながら呟いた。
「…首飾り。」
私は満面の笑顔を向けると、レンゲソウを数輪摘む。
「ではまず、お好きな色のレンゲソウを」
「ルーナ様~!そろそろ帰りましょ~。」
遠くからララが呼ぶ声が重なった。
「…。」
ミシェル様は一瞬私を見ると、手に持っていたレンゲソウをぽいっと捨てる。
そして、猫を抱くと素早く立ち上がった。
私は慌てて捨てられたレンゲソウを拾いながら、ミシェル様に声を掛ける。
「摘んで参りますので、良かったら今夜お部屋で作りませんか?」
私の言葉に、ミシェル様はピタッと止まり、驚いたようにふり返った。
「…それは、誘ってるのか?」
「はい、お誘い…!!」
頷きながら、ようやく意味違いに気付き、私の顔は一気に熱くなる。
「はっ!ち…違います!!そういう意味では…!」
動揺する私を見下ろして、ミシェル様はくすりと意地悪く笑った。
「焦らずとも、誘いに乗る気はない。」
冷ややかに告げられた言葉に、一気に体温が下がる。
黙った私を一瞥すると、ミシェル様は畦道を歩いて行った。
「おや、国王様がいらしてたんですか?」
ララが驚いたように、小さくなったミシェル様の後ろ姿に視線を向ける。
「冷えてきました。帰りましょう。」
そこへフィンも戻ってきた。
私は軽く唇を噛むと、レンゲソウ畑を見つめた。
「…すぐ終わるから、少し待って。」
私は手に持っていた籠を掴むと、再びレンゲソウに手を伸ばす。
「どんだけこの雑草がお好きなんですか。」
フィンは呆れたように言いながらも、ララと一緒に手伝ってくれた。
作品名:①冷酷な夕焼けに溶かされて 作家名:しずか