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①冷酷な夕焼けに溶かされて

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慌てて謝ると、ルイーズが首をふる。

そして、いつの間にか着いていた部屋の扉を開けた。

パタンと小さな音を立てて扉が閉まると、ルイーズは私をまっすぐに見下ろして口を開く。

「セルジオだ。」

「…セルジオ…。」

「もう『栄光の戦士(ルイーズ)』でなく『従者(セルジオ)だ。』」

ルイーズも、ミシェル様に名を奪われたのだ。

「…なぜミシェル様は、名を変えるの?」

私の問いに、ルイーズは答えない。

「父や母が願いや祈りを込めて付けてくださった名を容易く変えられて、ルイーズは何も思わないの!?」

詰め寄った瞬間、ルイーズに首を捕らえられた。

片手で首を強くつかまれ、息ができない。

「…ぅ…」

「まずはミシェル様のことをよく知ってから、文句を言え。」

短めに整えられた栗色の真っ直ぐな髪の毛が僅かに揺れ、ミルクチョコレート色の瞳が怒りで溶けた。

幼馴染みのルイーズから、一度も見たことがない激情。

『穏やかで賢いお兄ちゃん』の一面しか見たことがなかった。

(いつもニコニコ笑ってて…。 )

私の両瞳から涙が溢れる。

それを見たルイーズがハッとした表情で、私の首から手を離した。

「ごほっ…!」

私がうずくまり咳き込んでいるところに、部屋付きの奴隷が入ってくる。

「…姫様、いかがなさいましたか!?」

「…少し…むせた…だけ……」

ルイーズを庇う私を苦い顔で見下ろしていた彼は、ふいっと目を逸らした。

「…これからは、ルーナ様だ。」

ルイーズの言葉に、奴隷が驚いた表情で顔を輝かせる。

「…まぁ!」

(え?)

「それから、これは夜伽の褒美だ。」

言いながら、ルイーズは剣を奴隷に渡した。

「ご褒美まで!?」

奴隷の反応に私は驚きつつ、呼吸を整えてルイーズに向き直る。

「付き添い、ありがとうございました。」

頭を下げる私にルイーズも事務的に一礼し、部屋を出て行った。

扉が閉まると、奴隷が顔を輝かせたまま私の前に跪く。

「私、ララと申します。これから姫…ルーナ様のお世話をさせて頂くことになりました!」

体格の良い年配の奴隷は、豪快な明るい表情を浮かべた。

「それにしても、ご快挙でございますね、ルーナ様!!まさかこんな寵姫様のお側にお仕えできるようになるとは…!本当に誇らしくありがたい気持ちでいっぱいでございます!!」

ルイーズの激情に触れ、戸惑いと恐怖に押し潰されそうになっていたけれど、このララの明るさで私の心が一気に軽くなる。

(処刑されてしまったけれど…乳母に似てる…。)

「そんな…大袈裟よ。寵姫だなんて気が早いわ。」

「いいえ!!」

椅子に腰掛けながら笑う私に、ララは剣を恭しく持ったまま、ずいっと身を乗り出した。

「今まで国王様からお名前とご褒美を頂いたことがある他国者は、セルジオ様だけでございますよ!こんな名誉なこと、ございません!!」

「…どういうこと?」

首を傾げる私に、ララは剣を大切に箱に仕舞いながら鼻息荒く教えてくれる。

「ここ後宮にいる他国の姫君方は、祖国でつけられたお名前を名乗ることを許されないのにルーチェのお名前も頂けないので『姫』としか名乗れないしお呼びできないのでございます。」

「どうしてそんなことに…。」

質問を重ねる私に、ララはお茶を淹れてくれた。

「どうしてなのかは、わかりません。」

「…。」

「けれど…これは私のあくまで個人的な考えですが、名前を奪われた姫君方は、祖国への思いがすぐに薄れていっていらっしゃるように感じます。」

カップのお茶がなくなると、すぐにおかわりを注いでくれるララ。

「祖国への思いが薄れると『姫君』という意識も薄れていかれることが多いようです。」

私はお茶を口に含みながら、首を傾げた。

「姫君という意識が薄れると、ミシェル様にとってご都合が良いの?」

「さぁ。それはわかりませんが、少なくとも姫君にとっては良いようですよ。」

「なぜ?」

「だって、余計な身分意識がなくなるのですから、自由に恋愛がおできになるのですもの!」

「!?…恋愛?」

(ちょっと待って。)

(後宮で恋愛…て、どういうこと?)

戸惑う私を見て、ララが豪快に笑う。

「お気持ち、わかります!私も初めはびっくりしましたから!」

そこへ、朝食が運び込まれた。

ララはそれを私の前に並べる。

「この後宮はですね、他国の後宮と違って、国王様以外の殿方も出入り自由なので、恋愛も自由なんでございます。そして恋人ができた姫君は、晴れて後宮を出ていくことが許されるのでございます。」

「…だから、名前をなくすのね…。」

ピンときた私は、再びミシェル様の顔を思い出す。

国が滅亡した姫君方は、その名前が残ることでいつまでも祖国の王族という身分に囚われる。

そうなると、それを利用しようとする者が出てくるし、姫君ご本人も自由に生きられない。

だからミシェル様は、名前を奪うのだ。

「もしかして、ルイーズのことも…。」

思わず漏れた言葉に、ララが笑顔で首を傾げる。

「ルイーズ?」

「…いえ、なんでもないのよ。」

私は慌てて、朝食に手を伸ばした。

「今まで国王様はどんな姫君にも関心をお示しにならず、騎士や侍従達との恋愛や婚姻を容認していらっしゃいましたのに、ルーナ様にはご興味を持たれたのですね!これはぜひ、飽きられぬよう磨きあげねばなりませんね!!」

嬉々として腕まくりし、浴室へ足早に行くララの後ろ姿に私は苦笑いしながら、食事をすすめる。

(きっと、ミシェル様は私がヘリオスだから、手をつけたことにされたんだわ。)

(英雄ヘリオスを手元に置くために。)

(私は、ルイーズと同じ。)

きっとミシェル様は女性に興味がなく、覇王様から姫君方を報奨のひとつとして貰われても困っていらっしゃるのだろう。

だから、姫君方にまずご自分のことを諦めてもらう為、ああいう行為をお見せになっているのだ。

(そしてご自分への期待と過去の身分を忘れさせた上で、本当に愛するものと結ばせてやっているのだわ。)

昨夜は、冷酷無慈悲に見えたミシェル様。

けれど、もしかしたらそうでないのかもしれない。

『まずはミシェル様をよく知ってから、文句を言え。』

(そうでなきゃ、ルイーズからあんな言葉が出るはずがない。)

両親や一族を殺され、名前を奪われただけでなくあんな辱しめを受けておきながら、ルイーズからはミシェル様への忠誠心しか感じられない。

ルイーズは、2年前まではノーマルな男性だったはずだ。

けれど、ミシェル様に抱かれる内に、性別の域をこえて愛してしまったのか…。

私はなんとなく複雑な思いになりながら、朝食を黙々と食べた。