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①冷酷な夕焼けに溶かされて

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「失礼致しました…。ニコラ様はいかが致しましょうか。」

ミシェル様はルイーズの顎を撫でるように、ゆっくりと剣先を離した。

「気にくわない。」

眉間に皺を寄せて、ミシェル様が冷たい視線を私に向ける。

「ニコラ…デューの言葉で『人々の征服者』。」

ミシェル様はベッドに立ち上がると、私を鋭く見下ろす。

「この女には夜伽を命じた。」

その短い言葉で全てを察したのか、ルイーズは頭を下げた。

「は。」

そしてベッドから降りる。

「…。」

私と一瞬視線が合うけれど、瞬時に顔を逸らしたルイーズは、苦悩に満ちた表情のまま逃げるように私の横を通り部屋から出て行った。

ミシェル様と二人になった寝室の空気は重い。

ベッドの上で仁王立ちしていたミシェル様は、おもむろに剣を鞘におさめた。

「ルーナ。」

突然の言葉に反応できずにいると、ミシェル様は腰を下ろしながら枕元に剣を置く。

「おまえの名だ。」

「…なぜ、名前を?」

思わず訊き返してしまい、ハッとした。

『おまえは、見た目は深窓の姫君だ。決して気の強さと剣の腕を気取られるな。』

兄上の言葉が再びよみがえり後悔するけれど、やはり勝手に名前を変えられることは納得できるものでない。

「私の名前は、亡き両親がつけてくれた形見のようなものです。それを変えられてしまうのは」

絨毯に手をついて必死で訴えると、ミシェル様はベッドに横たわりながらこちらを冷ややかに見下ろし私の言葉を遮った。

「形見はその命だろ。」

「!」

夕焼け色の瞳を見つめ返していると、片肘つきながらミシェル様が私を手招く。

「王族の名など、百害あって一利無し。」

(…どういうこと?)

首を傾げながら呼ばれるがままにサイドテーブルまで行き、膝をついた。

「上がれ。」

「ー!」

覚悟はして来たのに、いざそうなると体が強ばる。

さっき、その行為を見たことで、そういう知識と経験のない私にもどういうことをするのか想像できた。

だからこそ、なのか…。

緊張で、手足がうまく動かない。

すると、ミシェル様はふいっと顔を背け、ごろんとベッドに仰向けに転がった。

「夜明け前に帰されたいなら、勝手に出て行け。」

言いながら再びごろんと転がり、私に背を向ける。

(…。)

夜伽で呼ばれておきながら、夜明け前に部屋に帰されるのは最大の恥。

もう二度と夜伽に呼ばれることはなく、後宮の中で最下位の妾となる。

もともとの身分が低いならまだしも、滅亡したとはいえ一国の王女がそうなるのは、祖国の恥ともなり、たいてい自害して果てなければならない。

けれど父王が自らの命と引き換えに救おうとしたこの命、やすやすと断つことなどできなかった。

私は、そっとベッドへ上がる。

(さっきルイーズはここで…。)

衝撃的な行為を思い出し、鼓動が早くなりながら、ミシェル様が空けてくださった右側にふるえながら横たわった。

すると、薄いブランケットが乱暴に掛けられる。

驚いて左隣を見るけれど、ミシェル様はこちらへ背を向けたまま自らにブランケットをかけているところだった。

「…。」

(もしかして…気遣ってくれてる?)

私は戸惑いながら、ブランケットにくるまる。

「ありがとうございます。」

小さな声でお礼を言ってみたけれど、ミシェル様から返事はなかった。

やわらかな白金髪が美しい後ろ姿を、じっと見つめていると、目の端に銀の剣がうつる。

こちらに剣柄が向いた状態で置かれており、いつでも手に取ろうと思えば掴めた。

けれど、私は静かに顔を背け、ミシェル様の背中に声を掛ける。

「おやすみなさい。」

やはり返事はないけれど、私はそのまま目を瞑った。