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①冷酷な夕焼けに溶かされて

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夜伽



室内に、艶かしい水音と喘ぎ声が響く。

掠れた低い喘ぎ声に、私は思わず耳を塞いだ。

「おい、しっかりこっちを見ろ。」

塞いだ耳に、くぐもった低い声が無理やり滑り込んでくる。

私は目をぎゅっと瞑り、耳をきつく塞いだまま、首をふりながら立てた膝に顔を埋めた。

「こっちを見て声を聞かないなら、おまえの兄は処刑する。」

(…っ!)

冷酷な言葉に、私はびくりと体をふるわせる。

意を決して耳を塞いでいた手をおろし、恐る恐るベッドをふり返った。

そこには、全裸の男が二人。

やわらかな白金髪の男が、夕焼け色の瞳で冷ややかにこちらを見ていた。

その腕には、彼よりも体格の良い引き締まった筋肉質な体の男が抱かれている。

(ルイーズ…。)

唇をぎゅっと噛みしめ睨むように見ると、ルイーズが身を縮めながら腕の中で僅かに抵抗した。

「ミ…シェル様…お許しを…」

ミシェルと呼ばれた白金髪の男は、ふわりとやわらかな髪を揺らしながら、ルイーズへ冷たい笑みを向ける。

「許してほしいの?」

そう言いながら、日に焼けたルイーズの体を愛撫した。

「…はっ…」

返事とも喘ぎ声とも聞こえる乱れた吐息混じりの声を、ルイーズがあげた。

「いいよ。」

ミシェル様は優しく微笑む。

その笑みは、天使そのものだった。

ルイーズが嬉しそうに見上げた瞬間、天使の微笑みは魔性を帯びる。

「私を満足させたらな。」

「…っんう!」

言いながら、容赦なく自らをルイーズの口に咥えさせるミシェル様。

「ほら…そんなんじゃ…まだ全然…っ…」

ミシェル様の白い肌が、桜色に染まる。

再び室内に響く水音と乱れていく呼吸、掠れた吐息に、目も耳も心も全て塞ぎたくなる思いをぐっと押し留めた。

(どうして、こんなことに…。)

そもそも、夜伽を命じられたのは私のはずだった。

ミシェル様率いる大軍に侵略され、父王はご自身の首と領土を引き換えに、私と兄上の命乞いをされた。

そして領民達の安全を条件に、無血開城されたのだ。

戦後の復興という無駄な労力と資金が不要になるということで、ミシェル様はすんなりとその条件を受け入れ、しかも属国とした城をそのまま兄に任せてくださった。

けれど謀反を防ぐため、兄と私以外の王族や忠臣や側近は全て処刑された。

「ニコラ姫には後宮へ入って頂きます。」

迎えに来た騎士が跪いて、そう告げる。

「…はい。」

敗戦国の姫が、敵将の後宮へ入るのは世の常であり、私も覚悟していた。

「なんだと!?」

頷いた私の横で、兄上が椅子から立ち上がる。

「…ニコラを…ルーチェの後宮に加えるというのか!?ルイーズ!!」

兄上が鬼の形相で胸ぐらを掴んだことで、初めて迎えの騎士の顔が見えた。

「ルイーズ…。」

そう。

そこにいたのは、幼い頃よく一緒に遊んだ隣国の元王子ルイーズだった。

ルイーズの国も我がデュー国と同じように、2年前に滅ぼされた。

その侵攻の指揮をとったのも、まだ当時はルーチェ国の王子だったミシェル様だ。

この世界の覇王カインに命じられ、ここ十数年ルーチェ国は隣国をどんどん侵略していっている。

おかげでルーチェ国は国土を以前の10倍以上に広げ、勢力を伸ばし続けていた。

そんなルーチェ国に侵攻されたら小国は為す術もなく、どの国も領民の安全と王族の血筋を守ることを第一に考えて不戦のまま属国へ下ることが殆どだ。

ミシェル様はいつも、王の直系は世継ぎの王子と王女をひとりずつ残し、あとは後宮の女も子ども達も他の王族と共にまとめて処刑する。

そして、軍事も政治も全てルーチェ国の者が主権を握り、命を救われた世継ぎはお飾りの国王となる。

そうすることで謀反を防ぎ、また世継ぎが残ることで領民達の不安を抑えていた。

このように世継ぎの王子は大抵、領地にそのまま残されるのだけれど、ルイーズだけは違っていた。

ルイーズは槍と弓の達人だったので、ミシェル様は腹心の騎士としてお側に置かれたのだ。

そのため、ルイーズの国は今、ミシェル様が任命したルーチェの王族が統治している。

世継ぎが騎士に下ることで起こるだろう暴動も、ルイーズに高い身分を与えることで抑えるあたり、ミシェル様の政治手腕の高さを感じる。

ルイーズは精悍な顔立ちの涼しげな美青年で、背も高く文武に秀でた王子だった。

兄の親友で5歳年上のルイーズに私は幼心に恋をしていて、親同士の口約束ながら婚約もしていた。

それが侵略されて以来、2年ぶりの再会でまさかこんなことになるとは…。

「…っは…セルジオ…もっとだっ…もっと………」

ミシェル様の伽に呼ばれたはずが、ルイーズの伽を見せられている。

艶かしい声に煽られるように、はしたない水音が一層激しくなった。

「…ぅっ!」

ミシェル様は呼吸を乱しながらルイーズの頭を押さえ込むと、体を反らせ何度もひきつりながらルイーズの口の中に熱を放つ。

「…ぐっ…ごほ!」

「全て飲み干せ。」

容赦なく冷酷に言い放たれたルイーズは、ミシェル様を口に含んだまま必死に喉を鳴らした。

思わず目を瞑り顔を逸らした私の鼻先に、剣が突き出される。

「目を…逸らすな。」

目の前で煌めく白刃を辿り、ベッドの上で膝立ちしているミシェル様を見上げた。

天使のように可憐な顔立ちで、瞳は燃えるような夕焼け色なのに、その表情は氷のように冷ややかで冷酷極まりない。

「もういい、セルジオ。」

ミシェル様はルイーズの額をぐいっと押し退けると、私に突き付けていた剣を下ろした。

そのままベッドに剣を放り出すと、こちらへ背を向ける。

そしてベッドサイドの水差しに手を伸ばし、グラスへ水を注いだ。

手を伸ばせば届くところにある剣。

『おまえが剣の達人ということは、誰も知らない。だから辱しめを受けた時は…わかるな。』

ルイーズが迎えに来た後、出国の準備をする私の耳元で告げられた兄上の言葉を思い出す。

そう。

実は私は国一番の剣豪で、戦争にはたびたび鎧兜で顔を隠して帯同していた。

そして『ヘリオス』という兄の名で数多の首級をあげてきていたのだ。

ルイーズでさえ知らない秘密。

私はジッと剣を見つめる。

その剣の横では、ルイーズが衣服を身に付けていた。

「セルジオ。」

ミシェル様は背を向けたまま、ルイーズを呼ぶ。

「は。」

身だしなみを整えながら近づいたルイーズの前に、グラスが差し出された。

「ありがとうございます。」

グラスに口をつけるルイーズと、それをジッと見つめる私に再び背を向け、ミシェル様は下着を身につける。

(これは…チャンスなのか、罠なのか…。)

剣とミシェル様の背中を交互に見つめていると、ミシェル様がルイーズを斜めにふり返った。

「今宵はもういい。」

「…は…。」

戸惑った様子を見せながらも、ルイーズは深々と頭を下げた。

「ニコラ姫は…」

ルイーズが訊ねると、ミシェル様が剣を手に取る。

「姫?」

険のある声色で、剣先をルイーズの喉元に突きつけた。

「!」

剣先で顎を上向かされたルイーズは、ミシェル様をまっすぐに見上げて言い直す。