風鳴り坂の怪 探偵奇談15
明日晴れたら
颯馬が子ども達に話をしに行ったあの夜から、町での奇怪な事件はぱったりとなりをひそめたようだった。変質者の仕業となっているので、犯人が捕まらない以上、警察が警戒を解くことはないようだが、事情を知っている伊吹は、ほっと胸をなでおろした。
「なんか…雰囲気変わった気がします。ここ」
日曜日の午後。雪のやんだ合間に、伊吹は瑞とともに風鳴り坂を訪れていた。相変わらず狭く、そして古びた塀に挟まれ閉塞感はあるが、不思議ともう怖いという気がしないと、瑞が言う。伊吹も同じだった。ここえ怖いことがたくさんあったとは思えない。ただ心地よい静寂が流れているだけだ。
中腹の雑木林の叢をかき分けていくと、苔むした大きな石があり、駄菓子や花、ペットボトルのお茶などが置かれている。
これが、二人が言っていた少女の祠の名残なのだろう。
「賑やかじゃないか」
「うん。子ども達がやってくれたのかな」
瑞と伊吹は、そこに屈みこんで手を合わせた。
「颯馬が言ってました。時々思い出してあげるだけでいいんだって」
「そっか…」
「感謝の気持ちも忘れちゃだめだなって、颯馬の話を聴いて思ったんです。今日生きていられること、決して当たり前じゃないんだ。大切なひとと一緒に生きていられることも、明日を迎えられることも、全部奇跡だ」
そうかもしれない、現状を憂う気持ちが強いばかりに、現代人は忘れてしまっているのだ。自分が生きていることが、どれほどの奇跡で、どれほど価値のあることなのかを。ないものねだりなのだ。
「これ以上、望む必要なんてない」
瑞の穏やかな横顔に、伊吹もまた頷き返した。
今日も生きている。自分も、大切なひとも。
一緒に明日を迎えられるなら。もうそれだけで。
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作品名:風鳴り坂の怪 探偵奇談15 作家名:ひなた眞白