風鳴り坂の怪 探偵奇談15
「うわっ!」
隣の瑞がよろけ、慌てて近くの木にもたれかかるのが見える。それは一陣の、強烈な風。鋭い一刀の薙ぎ払いだ。
一瞬の出来事。二人を取り囲んでいた禍々しさが、消え失せている。成功した。
「すげ…何今の!」
「犬除けの呪文。いやあ、気持ちよく吹き飛んだね~。効果覿面?」
幼い頃、祖父に教わったものだ。すごいすごいと、瑞が隣で興奮している。
「そんなことより瑞くん、」
颯馬は再び、少女の姿を捉えた。少し先の叢で、晴れ着の少女がこちらに背を向けて屈みこんでいるのが見えた。と、その姿はすうっと闇にのまれるように消えてしまう。颯馬と瑞は、彼女の屈みこんでいた場所まで駆け、そこで見つけた。
「ああ、ここが…」
そこには、叢の中に隠されるようにして、苔むした石が鎮座していた。一抱えほどもある大きさだが、それはあまりに憐れな風貌をしている。
「祠ですら、ない。この石が、彼女のいた証か」
長い年月の間に、祠は朽ち、この御神体だけが残ったのだろう。それも雨風にさらされ、ひどいものだ。あちこち欠け、雨ざらしのままで。颯馬は心が痛んだ。このみじめな石が、これだけが、彼女を現世に留めているのだ。
「幼い命を捧げて魔を鎮めてきた。だけど人々はその幼い犠牲を忘れてしまった。ヒトガミとなった少女は、信仰を力を失い、あの坂に再び魔が這い出る。現代人の負の感情が上乗せされ、魔の力はパワーアップしていく…」
信仰を取り戻す必要があるのだ。昨夜、伊吹の口を借り、少女が言ったあの言葉…。
「にーちゃんら、また来たのか。大丈夫か!」
坂の方から声を掛けられる。昨晩の老人が、懐中電灯片手に近づいてきた。
作品名:風鳴り坂の怪 探偵奇談15 作家名:ひなた眞白