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異能性世界

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 ゆっくり歩いていくと、今まで意識したことのなかった店を気にするものだ。一つ気になったのが骨董屋だった。元々あまり大きくないアーケードつきの商店街が駅前にはあるが、他の街と類を漏れず、ここも寂れかかっていた。シャッターも半分は降りていて、惣菜のお店や婦人服屋さんなどが、細々とやっている中で、木造平屋建ての、いかにもという風情でアンティークな店がひっそりと佇んでいた。今まで気が付かなかったことが不思議ではあったが、気付かないなりの気配のなさも醸し出していた。きっと意識するとかなり目立つのだろうが、意識しないと、まるで路傍の石のごとくだった。
 そのまま通り過ぎることに後ろ髪を引かれた修は、交差点も気にはなっていたが、そのまま素通りができないところまで興味を示している自分に気付き、扉を開けて敷居を跨いだ。
 所狭しと、アンティーク商品が乱雑に見えるくらいに並んでいた。棚に置けないものは天井からぶら下げていて、本当に商売をやる気があるのかと疑いたくなるほどの店内に驚かされた。
 大学の時、近くに骨董屋があり覗いたことがあった。確かに乱雑にものは置かれていたが、そこには客の興味を引きつけようという確固たる意志が感じられたが、この店には興味をそそるには程遠いものがあったのだ。
 修が気になったものが二つあった。
 一つは大時計であった。柱に掛けるタイプに見えたが、さらに大きなもので、床の間か出窓が似合うのではないかと思ったが、もっと見ていると、昔の西洋館の応接間にあったようなマントルピースの上にでも置くと似合いそうなものであった。それだけ大きなもので、本当なら自分の部屋に置くのを想像することもできないほどだが、
「大時計が俺を呼んだ」
 とでも言いたいほど、気になっていたのだ。
 店に入った時から気になっていた時を刻む音は、これだったのだ。骨董品屋というと時を刻む音を昔からイメージしていたこともあって、店に入って最初から、修はその音の根源である時計を探していたのだった。
 そしてもう一つ気になったのは、額に入った絵だった。
 西洋のお城を上から描いた絵だったが、きっと城の裏には山が聳えていて、そこから見下ろすように描いたのだということを思わせた。西洋の城には造詣が深く、海外旅行をしたこともないので行ったことはないが、海外を訪れることがあれば、一度は行ってみたいと思っていた佇まいにそっくりだった。
 城というのは、どこも似たような造りなのかも知れないが、それでも絵に描かれた城は、想像以上のものを感じさせた。
「平面に立体感が溢れているからなのかな?」
 油絵というのは、遠くから見れば見るほど遠近感が浮かび上がらせる光景を見せてくれる。それを影の影響が強いと思っているのは、修だけであろうか。
 平面には限りない大きさを感じさせられることがある。遠近感を感じながら遠くから見ているからなのかも知れない。
 特に油絵の遠近感には、城の絵には限らず、キャンバスいっぱいに広がる無限の可能性のようなものを感じることがあったのだ。
 特にアンティークなお店の調度は、光と影の間をクッキリと浮かび上がらせ、影がところどことに点在し、それが立体感を産むのだ。
 立体感が生まれることで、果てしない広さを感じるのだ。決して広さを感じるから、立体感が生まれるものではない。アンティークなお店では。特にそうだった。
 絵を見ていても、
「絵が俺を呼んだ」
 と言ってしまいそうだった。
「この絵もほしい」
 他のものには見向きもせず、気になった大時計と、絵画のどちらかを買おうと決心していた。二つを買うには少し高すぎる。物は配達もしてくれるということなので、どちらがいいか思案していた。いずれはどちらもほしいと思っている。店のおやじさんに聞いてみると、
「どっちもそう簡単に売れるものじゃないから、まずはどっちかだけ買えばいいんじゃないか」
 と言われた。少し悩んだ挙句、大時計を購入することにした。最初に目に入ったものであり、耳にしたものだったからだ。お金を払い、配達日の確認をしてから店を出ると、すでに夕凪の時間になっていた。
「三十分くらいは寄り道したかな?」
 と思い、時計を見ると、不思議なことに店に入る前から五分とちょっとしか経っていないではないか、西日が最後の明るさで地面からの照り返しで、まだまだ暑さを感じていた時に店に入ったが、出てくると夕凪を迎える準備に入っていた。いくら日が暮れ始めると日が落ちるまであっという間とはいえ、十分も経っていないとは思えなかった。感覚と時間と光景のアンバランスな状態に、修は何かの胸騒ぎを覚えていた。それでも、
「リナに会えるかも知れない」
 と思うとドキドキした感情がまたしてもよみがえってきた。元々今日の目的はそれだったわけで、そういえば、何か目的を持って一日を過ごしたなどという意識は、ここ最近まったくなかった。人に会えるかも知れないと思うことも立派なその日の目的である。それがいくら受動的であっても、その人にとって充実した気分になれれば、正真正銘の真実の一つとなるからだ。
 夕凪は、迎えたというよりも、
「襲ってくる」
 という感覚を修に与えた。
 一日の中でも一番神秘的な時間、それが夕凪。その次はと言えば、夕焼けだと言えるであろう。ただ、その夕焼けも西日の強い照射があってこそのもの。夕焼けだけの力ではない、単独で神秘的という意味では、修はやはり夕凪の時間を思い浮かべる。それ以外の時間は、それぞれに興味を持つことはあっても、長く感じているものではない。神秘というには、少し違った感覚になるのだった。
 昔から言われる夕凪とは、
「逢魔が時」
 と言われるように、魔物に一番出会う時間だという。風が止んで、生暖かい空気が身体に纏わりついてくる。身体に与える影響も疲れを誘発し、心身ともに気力体力を使わされる時間であった。
 夕凪の時間帯は交通事故が多いという。実際に子供の頃に、見たことのある交通事故は確かこの時間だったと思う。理由はモノクロに見えるからだという。蝋燭の灯が消える前の明るさを夕日が思わせるとすれば、その後にやってくる漆黒の闇との間に存在するのが夕凪の時間。短い間ではあるが、風がないという特徴を発揮しながら、確かに毎日存在している時間である。
 その時間は、調度が極端に下がる。それだけに光と影との矛盾が作り出すハッキリとした格差が、光と影だけの世界へと誘うのだろう。それがモノクロに見える原因ではないかと修は考えていた。
 光が影を制するわけではない、影が光を制するわけでもない。お互いに刺激し合う形でできあがる夕凪は、均衡が取れていることから、風がないという考え方は、非科学的ではあるが、修は好きだった。
 修は理論的なところがあるが、科学的な理論よりも、神秘的な理論の方を重んじる。考えることが非科学的であっても一向に構わない。むしろ、その方が自分らしいと思うのだが、理論は真実ではないと思うこともあった。
「真実は理論の超越したところに存在するからこそ、求め続けるものなんだ」
 と思っていたが、これも理屈っぽい考えであろうか。
作品名:異能性世界 作家名:森本晃次