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短編集27(過去作品)

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会うことのない女性



                 会うことのない女性


 一段、二段、三段、と階段を上がっていく。とても急な階段で、目の前に迫ってきそうに見える。首を四十五度以上、上に傾けているように感じる階段は、本当に久しぶりである。
「おや? この階段は十三段あるではないか」
 思わず呟いてしまった。何とも不吉な数字である。そういえば、ホラー映画などでもよくある「十三階段」をテーマにしたものがあったことを思い出す。実際に怖いものは苦手なので見たことはないが、怖いだけに意識の奥にあったのだろう。
 しかし、十三という数字は、西洋人が嫌がる数字であって、日本人はそれほどこだわっていないかも知れない。私にしても、あまり意識したことはなかった。駅などで階段を一段とばしで駆け下りる時、段を意識しているはずである。きっとそんな中に十三段ということもあっただろうが、それほどの意識をした記憶はなかった。
 それよりも上がる時に見た急な段差を、今度は上がってから見下ろすと、さらに急に見えてくる。そちらの方が私には興味をそそられた。
――どうしてこんな造りにしたのだろう?
 都会の中にある古びた雑居ビルの合間に、さらに小さなビルが立っている。看板も重たそうな鉄の板がコンクリートに埋め込まれていて、かなりの年期を感じさせる。よく見ると錆びているところもかなりあるに違いない。
 今まで入り込むことのなかったような通り、近くにはケミカル工場でもあるのか、ゴムのような匂いが漂っている。小さかった頃、よく遊んだ近くの空き地で感じていた匂いに似ていて、懐かしさを感じる。
 確かにこの当たりは正面のメイン通りから少し入ったところで、区画整理をされているのかと思えるほど、複雑な道になっている。似たような古ぼけたビルが立ち並んでいることから、袋小路に迷い込んでしまいそうだ。
 小さい頃に来たような記憶があり、あの時も臭いが強烈な嫌な匂いだったことを思い出した。ゴムの匂いとかではなく、もっと気が遠くなりそうな嫌な匂い。
――そうだ、歯医者があったんだ――
 匂いの原因がアルコールにあると感じた時、それが病院だったことを思い出した。この路地に入り込んだ時に聞こえてきた工場からの機会音、まるで歯を削る時のキーンという音のような気がして、疼いてもいない歯が痛みを帯びているような錯覚を覚えた。
 最初から曰くがありそうな気持ち悪い路地、なぜこんなところに足を踏み入れたのかというと、目的地である「真田ビル」というところの二階に、私は用があったのだ。
 階段を上がりきると、上がっている時に感じたよりもさらに脱力感を感じ、息が絶え絶えになっていて、まるで酸欠状態になったようだ。思い切り空気を数個とが許されないような空間、呼吸を整えるまで、扉の前で立ちすくんでいた。
 その時間の長かったの、何の……。目の前にクモの巣でも張っているかのように黒い線が、目を瞑ると浮かび上がってきた。
 目を開けても視界は目の前しかなく、遠近感すらまともに取ることができないでいた。深呼吸をしていたが、なかなか整わない呼吸に、額から流れ出る汗を感じていた。
 背中にじっとり汗を掻いているように感じたのはそんな時だったが、目の前にある扉のちょうど背の高さのところにあるガラスから漏れていた明かりが暗くなりつつあるのを感じていた。
――薄暗さに慣れて来たのだろう――
 明るい表から、湿気を帯びた薄暗い階段を上ってきたのである。それだけ汗も掻けば、気持ち悪くもなるというものである。
 しばし、湿気を帯びた空気の重たさを、重たく感じるまでに気持ちを落ち着かせると、私は意を決して、扉を叩いてみた。
「トントン」
「はい、どうぞ」
 中から女性の声が聞こえる。その頃には暗く感じていたガラスを明るいと感じるようになっていて、中から温かい空気が漏れてくるであろうことを感じていた。
「失礼します」
 思ったように明るい空気が足元から顔にかけて漏れてきたが、それも一瞬だった。中に入ると、いきなり大きな本棚に何やら、辞典や洋物の専門書などの分厚く固い本の背が並んでいるのが目に留まった。さすがに私が訊ねたところだけのことはある。
 声の主は、つい立の向こうにいるようで、立ち上がってこちらを向いたのと、私が見たのとほぼ同時のようだった。
「こんにちは、先ほどお電話を差し上げました、香月と申します。新宮先生は居られますでしょうか?」
「いらっしゃいませ、居りますよ。では、少しこちらでお待ちくださいませ」
 そういって、手前のつい立の向こう側を指差した。そこはどうやら来客用の待合室のようになっていて、私は言われた通りに、そこに腰掛けた。
 しばらく座ってまわりを見ていると、
「先生はまもなく参ります。コーヒーでも飲みながらお待ちになってください」
 といって、簡易カップにコーヒーをついで来てくれた。こういうところでは来客者をまたせることもしばしばあることだろうから、事務員の人も慣れたものである。
 昔の古いビルではあるが、パソコンにしても、コピー機やFAXにしても、最新式を使っているのを見ると、どうもタイムスリップしたような妙な気分にさせられてしまうようだ。
 私が訪れた新宮先生というのは、探偵である。この怪しげなビルの二階に事務所を構え、細々とやっているようだが、私はある筋から、
――新宮先生は、なかなかの探偵さんで、人気もあるんですよ――
 という紹介を受けたくらいなので、門を叩いてみる気になったのだ。
 私は人を探している。相手は女性で、特徴もそれほどハッキリとしないので、きっと普通の探偵社では、なかなか思うような結果は得られないと思ったからだ。
 普通探偵料というと、前金と、成功報酬があり、期待するような結果が得られなくとも必要経費としてお金は取られるものだ。それであれば、最初から少し高くとも、こちらの期待に答えてくれる先生を見つけることが得策のはずである。そういう意味で新宮先生は間違いないというもっぱらのうわさだった。
 探偵にも得手不得手があるのではないだろうか。新宮先生は、人探しはもちろん、その他の危ない仕事も数多くこなされているようで、警察ともかなりの入魂だと聞いている。安心していい相手であることは間違いない。
 目の前に置かれている琥珀色のコーヒーから湯気が立っている。少し睡眠不足の私は少し立ちくらみを感じていたが、今は緊張感からか、また少し意識が薄れてきそうな予感があった。指先に少し痺れを感じ、完全に乾燥している。いつもなら、
――風邪でも引いているのかな?
 と思えてくるほど、顔も少し火照り気味だった。
作品名:短編集27(過去作品) 作家名:森本晃次