短編集27(過去作品)
「天体には自分から光を発することなく、まわりの光も反射させることもない、まったく発光しない星がある」
という。近くにいても存在を感じることもなく、いつぶち当たるか分からない星だというのだ。子供の頃に聞いた話なので、恐ろしかったのを覚えている。
「そんな星がどこかにあるんだ」
と呟きながら空を眺めたものだ。その影響が夕焼けというものだと感じていたように思う。世の中には理屈で答えが出ないものがいっぱいあるというが、それが宇宙規模になると、果てしないものなのかも知れない。
同じ路地を反対側からずっと歩いてきて出会わないという現象、それを言葉で納得するには、超常現象という以外にはない。そんな時に思い出すのが、
――光を発しない、そして光を反射させない星――
だったのだ。
気配をまったく消して、誰にもその存在感を感じさせない。それがその星……。
もう一つ思い浮かんだのだが、それは天体規模とはまったく正反対のもので、それこそどこにでもある小さなもの、「路傍の石」だったのだ。
「路傍の石」は石ころでもあり、その他大勢の中の一つでもある。存在がハッキリしているにもかかわらず、誰に気にされることもない。つまり、
「あって当然」
なのである。なければないで、何となく物足りなさを感じるに違いないが、ないものそのものを気にするわけではなく、全体を見渡しての物足りなさから原因を追究してみても、きっと分からないだろう。
「ミステリーゾーン」
として、すれ違うことのできなかった場所を位置づけていたが、お互いがまるで石ころのように無意識にであるが気配を消していたことが、結果的に出会うことのできなかった原因だと考えることは強引な考えであろうか?
その時は昼下がりの明るい時間だったが、後から頭の中で思い出そうとすると、浮かんでくる光景は夕焼けの光景なのだ。
遠くの方でカラスの鳴く声が聞こえる。お腹が減ってきて、身体にだるさを感じるのである。
おばあさんの話がそのまま浮かんでくる。今も昔も田舎に変わりないが、林の向こうに見えるはずの住宅街が見えてこないのである。民家もほとんどなく、歩いていて一番怖いのは日が暮れてしまうことだった。
日が暮れてしまうと今度は光を発しない物体になってしまうことを恐れている。車がヘッドライトで照らしても、光を反射しないので分からない。いつ事故に逢っても不思議のない状況に思えるからだ。車は新宮の子供の頃のもので、決しておばあさんの娘時代のものではない。頭の中で時代が輻輳しているようだ。
それからそのことについて誰も話そうとしない。頭の中に残っていてタブーとしているのか、それともすでに頭から消えているのか分からない。新宮自身としては忘れることができず、わざと話題に出そうとしないだけだ。
それからだろうか、同じ夢を時々見るようになっていた。目が覚めて忘れてしまっているので、どんな夢だったか覚えていないのだが、同じ夢だと思う気持ちだけが目が覚めた瞬間でも覚えているのだ。
「また見てしまったようだ」
背中にぐっしょりと汗を掻いているのだが、目覚めはそんなに悪くない。怖い夢だという感覚もなく、ただ、目が覚めたことで安心しているところがあるように思える。
夢というのは、いつも感じていることを見るものではないだろうか? 突飛に見える夢であっても、それは心のどこかで考えていること、決して本当に突飛な発想などではないのだ。
経験していないことでも、願望だって夢で見ることがある。将来に起こることを見るという人もいるが、新宮にはなかなか信じられることでない。
最近見続けている同じ夢は、ひょっとして将来に起こることではないかと思うことがある。なぜなら覚えていないからだ。頭の中で一生懸命に考えれば考えるほど、思い出せなくなってしまう。過去に経験したことであれば、何度も見ているのだから思い出せないということもないだろう。
――将来に起こること――
それが一番知りたいことでありながら、一番知るのが怖い。
――将来が分からないから人生なのだ――
とよく言われるが、まさしくその通りである。分かってしまえば面白くない。知りたいことを徐々に分かっていくのが自然なのに、それを急速に求めてしまうと知った瞬間に冷めてしまうこともあるだろう。
それが人生であればなおさらのこと、一番知りたいことであり、一番知るのが怖いことでもある。それはきっと時間というものが規則的に動いているからではないだろうか。
規則的に動いている中で刻んだ瞬間瞬間に存在しているのである。そのスピードが不規則であれば、いったいどうなるのだろう? 考えが袋小路に入り込んで、抜けられなくなってしまう。
今、新宮は社会人になって数年経っている。思い出すのは小学生の頃の西洋屋敷の女の子と、中学になってから、すれ違わなかったおじさんのことが多い。もちろんおばあさんの話も含めてのことだが、その二つのことを交互に思い出しているような感じなのだ。思い出している時は、それ以外の記憶はすべてが幻のように思えてしまう。まるで我に返ったような感じに思えてくる。
将来に起こることを一番考えていたのは大学時代ではなかっただろうか。社会人というのが目の前に迫ってきていて、自分が大人になったという自覚も持っている。そのくせ本当の社会を知らない不安感、それが一番将来への夢を見させるに違いない。
社会人になってからも、例の西洋屋敷は潰されずに残っている。何度か家主は変わったようだが、外観にほとんど差はない。それでもかなり古くなっているようで時々補正をしているに違いない。
今は老人夫婦が住んでいるようだ。あの屋敷に関しては、おじさんのところのおばあさんが知っていた。
「あの屋敷は私が子供の頃にはなかったんだよ。あそこは以前墓地だったんだ。よく墓地の跡に家を建てたものだって皆で話していたものだよ」
と話してくれた。
墓地を見ると夕焼けを思い出す新宮、気にしていた西洋屋敷が元々墓地だったというのも何かの因縁のような気がして仕方がない。
墓地の近くを歩くと眠くなることがある。漂ってくる線香の香りが睡魔を誘うようだ。特に身体が疲れている時に香ってくる線香の香りに弱い。気がつけば通り過ぎていて、かなり歩いてきているのにビックリさせられてしまう。
頻繁に時計を気にするタイプの新宮は、五分と時計を見ないではいられない性格である。睡魔に襲われて時計を見ると、いつも十分以上は経過しているのだ。その間の記憶はまったくなく、時間が経過したという意識すらない。
大学の時に付き合っていた女性と一緒に歩いていて、やはり線香の香りを感じた時のことである。いつものように睡魔が襲ってきて、気がつくとかなり歩いてきているようだった。
「あれ? もうこんなところまで来ているのかい?」
新宮の顔を不思議そうな目で見つめる彼女は、名前を美奈という。
「何よ。さっきからボッとしちゃって、まるで心ここにあらずって感じだわ」
少しふくれっ面をしている。新宮は一瞬にして事情を理解できたが、美奈に理解できるはずもない。
「またか」
と呟く新宮に対し、
「またかって、今までにもこんなことが?」
作品名:短編集27(過去作品) 作家名:森本晃次