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夏橋

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 そんな姿を見ているうちに、沢田は心底心配になって来た、もしおなつの呪いのようなものが本当にあるとすれば、なつこが標的になる可能性は高い、条件が揃い過ぎているのだ。

『養子に……』

 そんな考えも頭に浮かぶ、しかし、父親が同意するだろうか……なつこの話しぶりからして娘を邪魔にしているようには思えない……近々じかに話してみようか……。
 そんな事を考えている矢先の事だった。

 東京でのパーティに出席した沢田は、酔いを醒ますためにビジネスホテルに一泊し、翌朝早くに家に向ってクルマを飛ばした。
 嫌な予感がしていた。
 一昨日の晩から振り出した雨は、昨夜はかなりの豪雨になっている、梅雨時とあって、出かける際に夏橋から見た川の水はいつもよりかなり高くなっていた、そこにこの豪雨だ、なつこのテントは大丈夫だろうか……父親が付いているのだからそう心配することもないのだろうが、夕べは一睡も出来なかった。

 そして、夏橋の近くまで戻って来た時、沢田の目に回転する赤色灯が飛び込んで来た。
(もしや!)
 沢田は橋のたもとにクルマを停めると走って夏橋を渡る。
 すると堤防の上で、警官に保護されて震えているなつこの姿が目に飛び込んで来た。
(良かった、無事だ)
 そう思うと思わず大きな声が出た。
「なつこっ!」
 するとなつこは顔を上げ、堰を切ったように泣き始めた……。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 心配したとおり、なつこの父親のテントは流されていた。
 水位が上ってテントが浸水し始めると、父親はなつこを堤防の上に押し上げて避難させ、自分は当面必要になるだろう傘や毛布、ガスコンロなどを運び出そうとしたらしい、その時足を滑らせ、テントに絡まるように流されてしまったのだそうだ。
 翌日、父親の遺体は見つかった、そして、父親の名前は『夏夫』だったそうだ……。
  
▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 『おなつ』と『夏美』、そして『夏橋』のせいで、すっかり『なつこ』は『夏子』だと思い込んでいたが、実際は『菜摘子』だった。
 おなつの狙いは最初から夏夫だったのか、それともやはり菜摘子で、夏夫は菜摘子を庇って身代わりになったのか……沢田はそうだと思っている。
 そして夏夫が亡くなったのを受けて、菜摘子は沢田の養子になった。
 夏夫がホームレスになったのは、若くして立ち上げた事業に失敗し、その直後に妻を病気で亡くしたことで立ち直れなくなったからだということもわかった。
 沢田は菜摘子が軽い智恵遅れではないかと心配していたが、そうではなかった。
 菜摘子もまた母を亡くし、そしてホームレス生活に陥った事で少し心を病んでいたのだ、更に今回父親を亡くした事は菜摘子にとって痛手ではあったが、沢田との穏やかな暮らしのおかげで回復に向っている、小学校四年生の半ばまで学校に行っていなかった事はもちろん大きなハンデではあるが、それも沢田が勉強を見てやる事でその内に追いつけるだろう。

 そして沢田もまた菜摘子を養子に迎える事で心の平穏を得ることが出来た。
 子供は持たなかったが、一足飛びに孫を得たようなものだ。
 沢田は時々思うことがある、作家を目指す事で結婚もしなかったが、作家になった事で菜摘子と出会い、養父子の関係を築く事が出来た、結局はこうなるために人生を歩んで来たのではないだろうかと……。

 夏橋は今日も子供たちの歓声に彩られ、大人たちの夕涼みの場を提供し、恋人達にロマンチックな瞬間を届けている。
 もうすぐ夏祭り、勇壮な喧嘩神輿の舞台としてテレビに映し出され、ネットを彩ることだろう。
 もちろんそれだけではない、交通の要所でもあり、田名地区と鶴田地区の経済を支えている。

 そして、そこには哀しい歴史も刻まれている事を沢田は知っている。
 しかし、沢田がそれを小説にする事は決してないだろう、おなつの霊を呼び覚まさないために、どこかでひっそりと暮らしているであろう夏美の父親のために、そして菜摘子の心の平穏の為に……。

(終)

作品名:夏橋 作家名:ST