夢魔
私はこそばゆい様な照れくさい様な気分でその話を聞いていた。郷田先生の語る夢魔の話は真に迫っていて本当の話の様に思えたが、どこかでやはり小説のネタなのだろうという想像も拭えないでいたのである。
しかし「どうです?」と重ねて問い掛ける先生の真剣さに、私は曖昧に「ええ……」と返事をしてしまった。
「では目を閉じて戴けますかな? いえ、なにも恐ろしい事はありません。恐ろしい事は今夜貴方が眠るまでは何も起こらない筈です」
私は言われるままに目を閉じた。心のどこかで、目を開けたら自分はホテルのベッドに居て、郷田三津彦先生はおろか、バーに居た事さえ幻覚だったのではないかという不安も感じた。しかし夢ならばもう少し見ていたいと、私は目を閉じたまま次に起こることを待ったのである。
頭を両手で挟まれた。自分の顔の先に暖かさとゾッとする冷気を感じて堪らずに目を開いた。クローズアップされた郷田先生の目が見えた。と同時に私の唇に何かやわらかい物が押し当てられた。
口づけをされたと気付いたのは先生の舌が侵入して来た時だった。こんな趣味があるとは夢にも思わなかった私は思わず先生を突き飛ばした。床に尻餅をつく初老の作家を見て私はしまったと思いつつ、何ともいえない違和感を憶えていた。
舌はまだ侵入を続けている。
私は慌てて自分の口を弄ったが、私の指は何も捕らえる事は出来ず、かといって舌の侵入も止まる事は無かった。
舌と思ったソレは私の口をいっぱいに満たした後、喉の奥、気管を通って肺に行こうとして止まり、鼻の穴を遡って行った。
まるでわざと方向を間違えて遊んでいるように……。
私は呼吸をする事も出来ず、ソレを引き摺り出そうと口の中に手を突っ込んだが、広がりきった咽頭に自分の拳が飲み込まれそうになるだけで、何をも掴む事は出来ない。そのうちにソレは鼻腔を通って私の眼球の裏をザラリと舐めあげ、頭蓋の中に入り込んで行った。
頭が破裂しそうな圧迫感に襲われ、眼球が飛び出しそうになる。ようやく喉が開放されて呼吸が出来るようになっても、大きく息を吸うたびに頭はさらに圧迫されて私は次第に意識を失っていった。