【完】全能神ゼウスの神
笑顔
虹色の光が広がる中、細くて長い美しい金髪がサラサラとリカの頬にかかる。
「…ヘラ?」
ふるえる声で、リカは首にしがみつく細い体をぐいっと押しやった。
(これは…ヘラなのか?)
(でも、今の声は…。)
困惑して揺れる金の瞳を、澄んだ碧眼が覗き込む。
「…リカ。」
「!」
(ヘラじゃない!)
声が、ヘラよりも若干低く凛としているのだ。
「…めい?」
リカは、その頬に片手を添える。
その瞬間、碧眼が嬉しそうに半月に細められた。
「めいなのか?」
リカは身を起こすと、もう片方の手で、ヘラの頬を包み込む。
ヘラはそのリカの手に自分の手を重ねると、満面の笑顔で頷いた。
明るい、天真爛漫な…ヘラが決してしない表情。
確信したリカは、細い体を力強く抱きしめた。
「めい!」
リカは名前を呼びながら、その首筋に顔を埋める。
オーラの香りも、確かにめいだ。
「やっと、気づいてくれた。」
笑いながら、ヘラ…めいがリカの背中を抱きしめ返す。
「…じゃあ、御祓の泉も?」
リカが驚くと、めいはその頬を膨らませた。
「見た目がヘラ様だから絶対わかってもらえないと思って、心の中でも呼び掛けてるのに全然気づいてくれないんだもん!」
リカは目を細めると、甘えるようにめいの喉元に額をつける。
「…心が…読めなかったんだ。」
そう、今も読めない。
これはゼウスの力が欠けたということなのか…。
するとめいが、事も無げに言った。
「まぁ…ひとつの体に二人の魂が存在してるから仕方ないのかも?」
その言葉に、リカがハッと顔を上げる。
「じゃあ、ヘラもちゃんと…?」
部屋に広がる虹色の光を纏いながら、めいが満面の笑顔で頷いた。
「というより、体が融けてバラバラになろうとしてた私の魂をかき集めて、ヘラ様がご自分の体に入れてくださったの。」
リカの金色の瞳が潤み、掻き抱くように強く抱きしめる。
「…ヘラ…ありがとう…!」
すると、めいとヘラの魂が入れ替わった。
「リカ…よく聞いて。」
リカの滑らかな白い頬を、細い指がなぞる。
「今、私はめいさんのおかげでまだ留まっていられているの。」
「…。」
金色の瞳と、碧眼が間近で絡み合った。
「魔物にオーラを食い尽くされて…本当は消えるべきは私だったの。それを、めいさんのオーラを取り込んでなんとか保ってる状態なの。」
リカの口がぐっと引き結ばれる。
「だから、この器もそう長くないはず。」
ヘラはリカの長めの前髪を、そっと掻き分けた。
「そもそも、フェアリーを入れておける器じゃないし。…だから私が消える前に」
その言葉を遮るように、リカがヘラをきつく抱きしめる。
「…嫌だ…っ姉上!」
初めて聞く、幼げな声色と口調。
掠れてなお絞り出すように、リカはヘラを抱きしめながら首をふった。
「もう…姉上が先に逝くのを見たくないっ!」
リカの目の前で処刑されたヘラ。
涙こそ流さなかったけれど、心の中は激しく血と涙を流していた。
「なんで私は見送るばかりなんだ!」
母親も幼い頃に亡くなり…過去にいた二人のフェアリーも、御祓の泉で霧散した。
「なんで私ひとりが…こんなに力を得てしまうんだ!」
ヘラにすがりつきながら絞り出される言葉は、魂の叫びだった。
初めて言葉にされる、リカの本心。
ヘラはその頭を優しく胸に抱くと、幼い子をあやすように撫でた。
「だから、めいさんが現れたのよ。」
リカはその細い腰に抱きつきながら、ヘラの穏やかな鼓動に目を閉じる。
「あなたの全てを受け入れても、消えない魂。」
確かに、めいの器とオーラの強さはゼウス並みだ。
「だから、私が消える前に、めいさんの体を取り戻さないと!」
今まで弱く儚いと思っていたヘラが、今は力強くリカを叱咤する。
リカは、ヘラを抱きしめる腕の力をゆるめると、ゆっくりと見上げた。
「…でも…どうやったらいいかわかんねー…。」
涙に濡れた金色の瞳が、自信なさげにふせられる。
「魔導師でしょう?」
そんなリカの涙を拭ったヘラの手が、虹色に光った。
「この世界すべての理を識(し)る賢者でしょう?」
ヘラの言葉に、リカがハッとした表情で瞳に光を取り戻す。
「あなたは、全知全能の神でもあり、賢者の長でもあるわ。なんのためにその力を得たの?今、この時にその力を発揮しなくて、いつするの?」
厳しくも暖かいヘラの励ましに、リカの心がどんどん力を取り戻していった。
「…。」
リカは顎に手を添えると、少し考え込む。
そして何かに反応するようにピクリと体をふるわせると、ヘラを再び見た。
「ヘラ。」
先程とは違い、その声にも瞳にも輝きがある。
「ありがと。」
そして、花が開くように華やかな笑顔を溢れさせた。
「!」
人間だった時に、一度だけ見たことがあるその笑顔。
ヘラが処刑台に連行される時、不安でふり返るとリカがこの笑顔を向けてくれた。
それが、最初で最後のリカの満面の笑顔。
ヘラは涙が出そうになったけれど、ぐっと堪える。
リカに、笑顔を遺さなければ。
リカが遺してくれたように、今度こそ自分も笑顔を遺したい。
ヘラは、消えてしまうまで決して笑顔を崩さないと心に決める。
そして、今できる最高の笑顔を返した。
作品名:【完】全能神ゼウスの神 作家名:しずか