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【完】全能神ゼウスの神

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過去


リカは瞬間移動で、魔界の森の管理小屋の前まで来た。

「めい!」

勢いよく扉を開けると、甘い香りがふわりと広がる。

「っ!」

テーブルの上には、ショコラショーがあった。

慌ててそのカップを手に取ったものの、すっかり冷めている。

リカはカップをグッと握りしめた。

「…冷たい…。」

そしてそれを持ったまま、寝室へ向かい扉を開ける。

けれど、そこにもめいの姿はなかった。

「…めい…。」

リカは小さく呟きながら、握りしめていたカップに再び視線を移す。

そして、カップに口をつけてひと口含んだ瞬間。

ガタンッ。

入り口のほうで小さな音がした。

「めい!?」

勢いよくふり返ると、そこにはイヴが立っている。

「…リカさん。」

(『リカさん』?)

首を傾げるリカの前まで来ると、イヴが僅かに目を見開いた。

「…その姿は…」

イヴの赤い瞳と視線を交わした瞬間、リカはハッとする。

慌てて辺りをぐるりと見回し、気がついた。

(…ここは…過去だ。)

時空間のズレが生じていて、ここはリカを探していた『時』なのだ。

リカは逃げるようにイヴの横を素早く通り抜けると、そのまま小屋を飛び出した。

「リカさん!」

そして森の木々の間に身を潜めオーラを隠すため目眩ましのシールドを張り、追いかけて来たイヴから隠れる。

しばらくイヴは探し回っていたけれど、諦めて小屋に入った。

リカはホッと息を吐くと、持ってきてしまったカップを再び見下ろす。

(これで、私を呼び寄せようとしたのか…。)

(動物じゃねーんだから…。)

リカは思わずふっと笑みをこぼしそうになり、慌てて口もとに力を入れた。

そして感情を抑え込むと、冷たいショコラショーに再び口をつける。

それは冷めていて決して美味しくないけれど、リカ好みの甘めで、めいの温かな想いが体の中に溶け込むようだった。

「…うま。」

小さく呟いたリカは、潜んでいたところから立ち上がる。

そしてこの過去の時空間から元の場所へ戻ろうと杖を構えたけれど、そのまま動きが止まった。

「…。」

(もう少し待ったら、めいが戻ってくるんじゃ…。)

本当は、すぐにでも立ち去らないといけない。

魔導師として時空間を移動することはできるけれど、そこに関わることはタブーだ。

先ほどイヴに見つかってしまったのは、不可抗力とはいえ大失態だ。

(これ以上の失態は許されない。)

(だから、このまま立ち去らないと…。)

そう理性ではわかっているのに、体が動かない。

心が、動かないのだ。

リカは冷めたショコラショーをグッと飲み干すと、再びその場に腰を下ろす。

(見つからないように、ここからこっそりと…。)

けれど日暮れ近くになっても、めいは戻って来ない。

小屋の中をそっと透視すると、イヴがうとうと船を漕ぐ後ろ姿が見える。

リカは、辺りを見回して誰の気配もないことを確認し、そっと小屋へ近づいた。

そして、息を殺して中へ入ると、テーブルへカップを静かに置いた。

イヴは、青白い顔のまま、椅子に座ったまま眠っている。

(一番、大変な時期か…。)

リカは眉を下げ、そのイヴの憔悴した寝顔を少し見つめた後、再び小屋から出て、森の中に身を潜めた。

(私が早くゼウスに戻る決心をしてたら、あいつにもあんな苦労させなくて済んだのにな…。)

リカは長めの前髪をグッと掴み、うつむく。

辺りはだんだん薄暗くなってきた。

(まだ帰らねーの?)

少し心配になってきた時、遠くからパタパタと走ってくる足音が聞こえる。

(めい!?)

リカの鼓動が跳ね、心の奥が疼き始めた。

だんだんと近づく足音に合わせて、リカの鼓動もどんどん早く大きくなる。

そして遂に、小屋の扉に駆け寄る丸い後ろ姿が視界に飛び込んできた。

(めい!!)

思わず呼び止めそうになり、リカは慌てて口をおさえる。

後ろ姿しか見えなかったけれど、失っためいを再び見ることができ、リカの心から愛しさと切なさが一気にわき上がった。

そのまま溢れそうになるその想いを、リカは必死に抑え込む。

(しっかりしろ!ここは、魔界だ。)

本当は、顔も見たかった。

けれど、このまま顔まで見てしまうと、リカの想いは抑えきれなくなるのもわかっていた。

リカは首を軽くふると、立ち上がり、今度こそ杖をふった。

ブオンッという音がしたけれど、景色は変わらない。

リカは小屋の中を透視した。

けれど、そこには先ほどまでいたイヴとめいはもういない。

きちんと現在の時空に戻れたようだ。

リカの手から杖が落ちる。

ドサッと重い音がして、杖が草むらに転がった。

「…めい…。」

抑えようと思っても、もう無理だった。

リカは杖を拾うと、森を駆け抜ける。

そして魔道界と繋がるポイントまで来たところで、ふるえる声で魔法を詠唱した。

ポンっと小屋が現れると、リカはすぐにそこに飛び込む。

急いで扉にロックをかけると、ずるずるとその場に座りこんだ。

「めい…。」

虹色の滴が膝にポタポタと落ちる。

「もう一度、あそこからやり直してーな…。」

前髪をぐしゃっと握りつぶしながら、呟いた。

でも、それは絶対にしてはならないこと。

魔導師は時空間を自由に行き来できるけれど、それを自分の都合で操ることは許されない。

「…ぅっ…っく…」

ポケットから取り出したボタンを握りしめながら堪えきれない嗚咽が漏れたその時、体がふわりと温かくなる。

「リカ。なんで泣いてるの?」

聞き慣れた声に、リカはハッと顔をあげた。

「!!!」
作品名:【完】全能神ゼウスの神 作家名:しずか